第三部 隣国の敵意、友の真意

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【真意】  画面にノイズがチラついた後、メモ帳のディスプレイにソンが映り、声が聞こえ始めた。声色から、緊張の度合いが感じられる。 「カワチ、いきなりこんなことになってごめん。でも、こうすることでしか君を救えなかった。僕が工作員なのは本当だ。先日到着した輸送船は僕の国から送られて来た貨物船だ。その到着こそが僕らに課せられた最終命令実行の合図だったんだ。積荷はステーションの制圧のために(つく)られたドローンや兵器、そして兵員たちだ」  何ともスケールの大きな話だな。ソンが(そば)にいれば、俺はそう言っていただろう。 「君に詳しく話す時間はなかった。僕らはお互いが監視し合っているし、それに決行の日が迫っていたからだ。そうなったら、ステーションにいる人員の半数以上の人々……僕らの勢力に反対する国の人たちは真っ先に殺されるだろう。もちろん、君も抹殺対象に入っている。僕の国は木星資源計画を頓挫(とんざ)させるために動いていた。(たく)みに真実を加えた誤情報を拡散させ、浸透させ、ステーションでの内部分裂を誘発して分断化を図った。食堂で起こった喧嘩もそのための演出のひとつだった。君が怪我をしたのは予想外のことだったけどね。そうやって分断化のタイミングを見計(みはか)らって待機していた輸送船で兵と武器を送り込み、暴徒の鎮圧と言う名目でステーションを制圧する、と言う手筈だ。最終的な目的は、木星ステーションは運用維持不可能として世界に報じ、僕の国が棄却(ききゃく)することになる。僕が無事にステーションを後にできるかどうかはわからない。最悪、証拠隠滅(いんめつ)のため殺されるか、ステーションの破壊に巻き込まれて死ぬだろう。だから君にはステーションから消えてもらうしかなかった。もしかしたら、メモ帳に記録を行っているこの状況を、諜報員が監視しているかも知れないが、君がこれを見聞きしているなら僕の計画はひとまず上手く行っているのだろう。この計画は分の悪い賭け……君がよく言う『宝くじと同じくらいペイアウト率の悪い生命保険』に等しいものだったが、それでも、僕は君に生きていて欲しかった。僕が報告を上げるたびに指揮官は君を『世界の秩序を乱す者』として、とても警戒していた。だから僕は指揮官の意に沿うよう、ステーション制圧時に消すのではなく、僕らの治安を乱す者として罪を(あがな)わせるための粛清を行うように進言した。指揮官は君を憎んでいたから、上手くこの提案に乗ってくれたよ。こう言う手管(てくだ)は君から学ばせてもらったことだが、意外なところで役に立ったね。ま、これがバレたら僕が粛清されるんだが、今となってはもう悔いはない。とにかくステーション内では監視が厳しいので説明する場所がなかった。僕は工作員として木星へ来たけれど、君と出会って一緒に仕事をして、たまにサボったり、酒盛りしたり、夜中までバカみたいに、でも興味深く多角的に思考する君の話を聞いて、僕は本当に楽しくて仕方がなかった。君はサボることに一所懸命で、勤務態度は不真面目で、面倒くさそうに、でもホントは、真摯(しんし)に仕事に向き合っていることを僕は知っていた。だからステーションでの生活は、僕にとってかけがえのない生活で、君は色んな考え方を僕に教えてくれていたんだ」  サボるとか不真面目とかは余計だよ、ソン。この後、あいつが(ひど)い目に()うのが何となく伝わって来て、でも俺はどうすることもできずにソンの話を一方的に聞くしかできない。これじゃ俺が、お前を(あき)れさせたり、困惑させたり……笑わせたりできないじゃないか。  俺は目頭が熱くなって、ソンの映像をまともに見ていられなくなったが、声だけは俺の記憶に(とど)めるため、耳をそば立てて聞き入った。 「今、君は僕の話しに色々と突っ込みたくて仕方ないだろう」  ああ、全くもってその通りだ。 「でも僕は、国の命令を無視できるほど心が強くなかった。カワチ、君のような図太い性格であればもう少しマシな計画が立てられていたかも知れないが、思い出を語るには時間がなくなって来た。これからの大事なことを伝えないとね。君を乗せた救命艇は、単体では地球はもちろん、火星にすら絶対に辿(たど)り着けない。僕の指揮官がこの粛清方法に太鼓判を押してくれた所以(ゆえん)だ。救命艇の酸素がなくなり、じわじわと苦しみ(もが)いて、罪を悔いながら宇宙のゴミに(かえ)る……って言うくだりが特に気に入られた。  だが、そうはならない。  本物の定期輸送船が地球から木星へ向かって来ていて、救命艇の航法プログラムはその輸送船の航路とエンゲージするように組んである。間もなく救難信号を拾って君を引き上げてくれるだろう。輸送船の船長や船員たちが、目的地である木星ステーションが僕らに制圧されているのを知るのはそのもう少し後になるけど……君は制圧のことを船長に伝えてもいいし、仮に船長が信じてくれなくても、ステーションに近づけば制圧の事実がわかるだろうから、そのまま転進すれば地球に帰還することができるはずだ」  全く、自分の身が危ないってのに、俺の世話なんか焼きやがって。 「俺の世話なんか焼きやがって、とか思ってるだろ?これまで、何年君の相棒をやって来たと思ってる?僕は、君以上に人間味に(あふ)れた人に今まで会ったことはなかった。僕の生き方を少しだけ変えてくれて、色んな生き方を教えてくれて、カワチには本当に感謝してる。謝謝、元気でいてくれ。僕たちは多分、もう二度と会うことはないと思うけれど……再見」  メモ帳が終わり、画面がブラックアウトする。それから俺は何度も何度もメモの最後の方を再生した。  バカやろう……。  俺だって、言い足りないことばっかりだっての。お前がいなきゃ、木星での生活はあんなに充実していなかった。俺の方こそ、お前から学ぶことが多くて、色々なものの見方や考え方を知ったんだ。  お前を疑って、すまなかった。  ちょっとでも疑っていた俺は、やっぱりどこまでも浅はかな人間だった。ソンは俺が知る中で最もクソ真面目で、しかも真面目に冗談に答えてくれて、勤勉で、そして優しい、人間味のあるヤツだった。  あいつは……ソンは、国のために仕方なく、俺との友情の間で板挟(いたばさ)みになって…その辛さは俺には計り知れない。何より、自分の生命をかけて、俺を危機から救ってくれた。  そんな俺の、かけがえのない勇気ある親友が、これから自らの生命をかけて、国のために(じゅん)じる覚悟で戦いに(おもむ)くのだ。  ソンの立場だったら、俺は同じことができただろうか。  生命をかけてまで守り通すものが、俺にはあるだろうか。  しばらくして、救命艇の進路図に船影が浮かび上がる。続けて識別コードやら船籍やら船名などの付加情報が表示された。  ソンの言っていた通り、地球からの定期輸送船だった。
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