第三部 隣国の敵意、友の真意

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【輸送船】  それから程なくして、俺の乗っている救命艇は定期輸送船に捕捉された。俺の身分証明やら救命艇に乗った経緯(けいい)やらを根掘り葉掘り聴取され、面倒くさい手続きを終えてようやく輸送船へ上げてもらえた。  木星ステーションの武力制圧については(すで)に輸送船内でも(おおむ)ね把握していたようだったが、管制室との連絡が途絶(とだ)え、その後の状況がわからないとのことだった。  船長への面会を要請するまでもなく、救命艇に乗っていたと言うこともあって、向こうから出向いて来てくれた。数人の船員と共に会議室らしい部屋に通され、俺は船長や船員にソンのメモ帳を見せた。  終わりまで見終(みお)えた船長は深く息を()くと、こう切り出した。 「確かに、情報源がこれだけだったとすれば(にわ)かには信じられない話しではあるが……こちらで把握している情報も断片的で確度は高いとは言えんが、それと照らし合わせて考えると色々と辻褄(つじつま)が合う話しだな」  副長らしき人物が口を開く。 「ですが、仮に暴動が起こっていたとして、救助が必要な人々がいるのであれば、我々はこれを見過ごして転進する訳には行きますまい」  人道的にはそうだろうなと思う。それに確たる証拠もなしに地球へ戻って、何もなかった、では済まされない。船長以下全員が何らかの処罰が(くだ)るに違いない。 「俺も実際に制圧の様子を見て来た訳じゃないのでなんとも言えない。ステーションの様子は辛気臭い雰囲気で、確かに分断化は進行していたけど、一触即発と言うほどでもなかったし。まぁ俺は、これが盛大なドッキリであってほしいとは思う」  当事者の俺がこんな言い方じゃ、船長も判断に困るだろうな。その通り、困惑の面持ちを(あらわ)わに船長は続ける。 「ステーションに係留(けいりゅう)は無理かも知れんが、徐々に接近して様子を(うかが)うしかあるまい。ただ、こちらは武装はないに等しい。奇襲されては(かな)わんから、近づくにも限度がある。船員や積荷を守る必要もあるし。  さて、どうしたもんかな……」  さあて。ここで一同困ったな大会を続けていても、船はどんどん木星ステーションへ近づいている。転進するにも輸送船の船体規模では航法プログラムの書き換えに相当な時間と苦労が強いられるらしいが、そんなものは航宙士を寝かせないでやらせれば問題ない、と他人事(ひとごと)のように俺は思った。担当者に取っちゃ(たま)ったもんじゃないだろうが。  それでも、俺はどうしても、ステーションに戻らなきゃならない。割の合わない高額な賭け金の生命保険だったとしても、可能性があるなら、俺はソンを救い出したい。 「船長……できればステーションに近づけるだけ近づいて、管制室にコールと送信をし続けてほしい。もし、ステーションに、あいつが言っていた、このメモ帳の通りのことが起こっていたとして……俺はソンが助かる道があるなら、それに賭けたい。  あいつに何とかステーションから、救命艇でも宇宙服でも、何でもいいから外に出て来てもらって、そして……助け出してやりたい」  他の船員が不安そうに口を挟む。 「ですが、木星ステーションにはレーザー砲塔が六基あります。戦闘用ではないにしても、当たれば俺たちも無事では済みませんぜ」  これに副長は被り気味に反駁(はんばく)する。 「あのレーザー砲塔は、せいぜいデブリ除去程度の出力だろう。それを勘案しても、この船の偏光(へんこう)スクリーンなら十発程度の直撃でも耐えられるはずだ」  ナイスだ、副長。俺は心の中で拍手を送る。 「まぁ、仮にステーションが制圧されていたとしても……輸送船として接近して行く我々に対して、いきなり攻撃を仕掛けて来れば向こうも立場的に悪かろう。だからと言って何も手立てもなくステーションへ係留するのは避けた方がいいだろうな。ただ、こちらも向こうにとって不審な動きをすることになるので、カワチ君の友人が無事で済むかどうかはわからない。  今の今でステーション管制室と連絡が取れない、と言う事実は、どう考えても異常事態ではあるしな。呼びかけをして我々にコンタクトして来るのがカワチ君の友人であると言う保障もない、が……」  俺もその可能性は懸念として考えていた。だが……。 「俺が拾いに行きます。その機会があるなら俺は、何でもする」  俺が決意を表明しているこの最中に、空気を読まない会議室のインターホンが鳴る。船員の誰かが受信ボタンを押すと、向こうにいるヤツが慌てた様子で用件を(まく)し立てた。 「船長、木星ステーションで暴徒による武装蜂起(ほうき)が発生した件ですが、どうやら民協連盟の軍が制圧したそうです。地球にもその通達が国連を通して行われたようです」  船長はその連絡を聞いてしばし考え込み、インターホンに向かって命令した。 「木星ステーションの管制室へのコールを引き続き行ってくれ。同時に管制室からの通信接続がない限り、本船はステーションへの係留を行えないと伝えろ」  そして船長はインターホンを操作して、別の部署らしきところへコールした。ノイズが(ひど)いので恐らく機関部だと俺は思った。 「こちら機関部……あ、船長ですかい?」  機関部はいつも通り定常運行の気分なんだろう。危機感のない雰囲気で応答した。が、船長の堅い口調に空気感が変わるのを感じる。 「本船はこれより非常事態に移行する。  木星ステーションへは、このまま慣性航行を持続してくれ。ただしブリッジからの指示があれば船体転進ではなく、船首推進装置での急速逆噴射の可能性も考慮し、その準備をしておいてほしい」 「イエッサ……アイ・アイ・サー!」  軍属でもないのに、機関士はその片鱗を見せるような応答を返す。機関部への指令を下した船長は、腹を決めた表情でここにいる(みな)に向かって言った。 「(いささ)か状況に流され気味なのが気に食わないが、パズルのピースはハマった。副長及び船員諸君は持ち場へ戻り、都度ブリッジへの問い合わせと指令の受信を密にしてくれ。  カワチ君、ステーションに送る君の友人へのメッセージが必要だ。私と一緒にブリッジへ上がってくれたまえ」  俺は船員たちと同様に船長へ返答した。 「アイ・アイ・サー!」
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