第三部 隣国の敵意、友の真意

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対峙(たいじ)】  俺たちは輸送船のブリッジへ移動した。船員たちはそれぞれの持ち場に戻り、コンソールの前で作業を始めている。(みな)一様に緊張を感じているようで、ブリッジには張り詰めた空気が充満していた。  俺と船長、副長は、ステーションとの通信接続を待つ間の短い時間で、管制室に送りつけるメッセージの内容についてどうするかを詰めていた。  まず、ソンの立場的な身の安全を確保するため、輸送船が救命艇を引き上げた時点で俺、カワチ・シローは既に救命艇の中で窒息死(ちっそくし)していた、と言うことになった。  俺も異論はない。俺が生きていることが民協連盟軍に知られたら、ソンの死は決定的になるだろう。 「カワチ君の生存については、全ての計画が完了し、輸送船が地球への転進航路に乗り、ステーションからの追撃の危険がないと判断される時まで伏せておこう。  それと……大変言い(にく)いことだが、君の友人が民協連盟の工作員であるなら本船の安全を(おびや)かす可能性もある。運良く彼の身柄を確保できたとしても、彼を船内で自由にしておくことはできないことも(あらかじ)め理解しておいてくれ。我々は本船の安全な航行を優先しなければならないからな」  船長が念を押すのは(もっと)もなことだ。これは俺も懸念していたことだったから。俺は個人的にソンを信用しているだけで、船長や船員がそう簡単にソンを信用するとは思えない。最悪、ステーションの家畜たちのように拘束を解かれないまま地球へ到着するかも知れない。ソンには窮屈(きゅうくつ)な思いをさせるだろうが……ただまあ、それもソンを無事に拾い上げられた時に考えればいい。 「民協軍の制圧が現実になった以上、総安保連合(そうあんぽれんごう)としては、そうせざるを得ないと俺も思う。俺としてはどんな形であれ、ソンを助け出せればそれで充分です」 「まぁ、我々は国連宇宙研究開発機関の所属ではあるが……君の言う通り、総安保連合国の船籍でもある。そのつもりでいてくれ」  船長はバツの悪そうな顔で、弁解じみた説明をした。この時の俺は船長の意図と言葉の意味をまるで理解していなかった……このすぐ後に起こる出来事を経験するまで。  次に、俺の死亡は民協連盟とは関係ないことを強調し、ステーションでの同僚であったソン・ユーシュエンと、カワチ・シローとの間に何らかのトラブルがあったと見て、国連宇宙研究開発機関としては、聴取のため被疑者であるソン・ユーシュエンの身柄の引き渡しを要求する、と言う名目で民協側へ打診する方針で意見が固まった。また、ソンへの嫌疑の根拠として、救命艇に残された航行記録から、両者の意見の相違によるトラブルの末、ソンが俺、カワチを救命艇に閉じ込め、宇宙空間に放逐し、殺害そのものの証拠を隠蔽(いんぺい)した疑いがある、と設定した。  俺はソンに申し訳なさを感じつつも、あいつの身の安全を守るため、この通りの筋書きで行くことを了承した。  この定期輸送船は、国連の機関のひとつである宇宙研究開発機関の所属ではあるが、その実体は民協連盟国と対立する総合安全保障条約機構連合国の船でもあった。そのため、ステーションを制圧した民協連盟軍が、敵対勢力に対して『はい、そうですか』と簡単にソンを送り出してくれる可能性は低かった。  本来的には俺の国の警察がインターポールを通じて民協連盟国の警察組織にソンの身柄の拘束を要請するのが筋ではあるが、今すぐに話をつけるのは時間的な猶予もなく到底無理な話だった。そこで、ソンの身柄引き渡しの理由の他に、何とか表面的にでも木星ステーションに近づき、コンタクトできる別の理由も用意しておくことになった。  国連の集団安全保障の条項に従い、もしくは国連平和維持活動の一環として、負傷者や退避を望む職員の救護、救出義務を果たすため、と言う尤もらしい理由を付けた。国連安全保障理事会に照会されたらボロが出る可能性もあるが、元々機能不全の会議体に実効力がない、と言う副長の具申もあり、その線でもコンタクトを取ることになった。  方針は概ね決まったものの、未だにステーションとの通信接続が確立していないようだった。輸送船のメインスクリーンにはまだステーションの姿は見えないが、望遠モニターにはトリイ形状が視認できるくらいには捕捉できていた。  パッと見には特に変わった様子はない。  俺はそう思っていたが、船員が異変に気づき、船長へ報告する。 「本船が木星ステーションの誘導波に捕捉されました!」  続けて別の船員からも報告が上がった。 「レーザー砲塔、本船を照準中」  ブリッジに一際(ひときわ)緊張が走るのを感じた。船長は冷静に指示を下す。 「偏光スクリーン起動準備。範囲は船首前部のみでいい。砲塔の様子は?」 「引き続き本船を照準中ですが、γ(ガンマ)線の検出はまだありません」  レーザー砲塔はまだ発射準備ができていないようだった。すぐに撃たれる心配はなさそうで、それによりブリッジの緊張感が緩んだ瞬間、船内に警報が鳴り渡った。 「ミサイルらしきものが、ステーション方面から射出されたようです。本船航路へ接近中」  ステーションにはレーザー砲塔以外にロクな武装はなく、そもそもミサイル射出筒(しゃしゅつとう)を置けるスペースなどなかったはずだ。 「ミラーボール弾頭弾一発の模様。約五分後に本船へ到達」 「偏光スクリーンは船体全体防御へ変更の上起動開始。及び、直ちに重力防殻(ぼうかく)起動開始」  警報が鳴り止まない。  ミラーボール弾頭とは、ミサイルの頭に起爆装置が付いており、着弾すると火薬の代わりにレーザーの光束を放射状または一定の指向性を持たせて放つ弾頭のことだ。核弾頭よりは戦術的な効果は低いものの、比較的狭い空間での殺傷力は凄まじく、凶悪な威力を持つ。直撃すればその光束は大規模な輸送船でも船首から船尾まで細切れにすることができる……と技師から聞いたことがあった。  俺は、間違った選択をしたのだろうか。 「船長、すまない。俺がステーションに寄ってくれと言わなければ……」  船長は冷静に言った。 「衝撃に備え、何かに(つか)まるか座席に座ってベルトを()めておきたまえ」  俺は言われた通り手近にあったハンドレールを両手で強く握り締めた。 「重力防殻で船体への直撃は防げる。そうすればレーザーも偏光スクリーンで拡散できるから船体への影響はないはずだ。しかし、重力防殻はぶっつけ本番の起動だから、衝撃がどのくらいになるかは我々もわからん」  船員たちは忙しなくそれぞれのコンソールを操作して、仕事を処理している。 「ミラーボールの射出先が判明しました。どうやらステーションに逗留(とうりゅう)中の輸送船付近から射出されたようです」  民協連盟の船だ。そう言えばソンのメモ帳でも兵器を持ち込んだとか言っていた。 「正確には、輸送船らしきものから宇宙空間へ放出されたミサイル射出筒堡(しゃしゅつとうほ)からです」  メインスクリーンに何かが映り込んだかと思った瞬間、音はなかったがスクリーンが一瞬発光した。同時に船体が衝撃で振動する。思ったほど揺れはしなかったが、俺は生きた心地がしなかった。  船長は各部署の被害報告を確認していた。特段船体への被害はなく、また人的被害もなかったようだ。  船員のひとりが(あき)れたように(つぶや)く。 「警告もなしに、あんなもんをぶっ(ぱな)して来るとは、ヤツら、どうかしてますぜ」  船長は至って冷静に返す。 「同感だな。威嚇(いかく)でもなく……直撃させるつもりで撃つとは。これでは話し合い以前の問題かも知れん」 「まぁでも、まずは一発で、こっちの防備を様子見ってとこですかね」 「やるつもりで斉射されてたら危なかったですな」  俺は、こうやって冷静に会話をしている船長や船員の様子が信じられなかった。俺自身、こんな危険な目に()うのは初めてだった。今回は難を逃れたが、次はどうなるかわからない。  俺は、戦争を大変難儀なことだと理解していたつもりだった。でも理解していたつもりになっていただけで、どこか他人事(ひとごと)で、非現実で、想像もできていなかった。  実際に巻き込まれて見て、想像を超える恐怖にただ(おび)えるだけだった。  俺は戦争を、軽く考え過ぎていた。  甘く見過ぎていたことを思い知った。  国連を通して厳重に抗議する、とか、大変遺憾(いかん)である、とか……そんなもんじゃなかった。  あいつは……ソンは俺には想像すらできていなかった熾烈(しれつ)な世界を生きていたんだ。  絵空事(えそらごと)を並べていたのは、俺だった。
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