第三部 隣国の敵意、友の真意

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膠着(こうちゃく)】  愕然(がくぜん)として、動けなくなっている俺に構わず、船長は航宙士に指示を出していた。 「こっちが油断して慣性航行していたせいで、弾道計算が楽だったんだろう。加速、減速を可能な限りランダムに調整して、出来るだけ被弾は抑えてステーションに向け前進するんだ。直撃を受けてもそう簡単にこの船はやられん。それにステーションまでの十キロ圏内に入れば、奴らも無闇(むやみ)にミラーボールは撃てまい」  その後、船長は(つと)めて冷静にインターホンに向かって各部署へ指示を出して行った。望遠モニターの映像はかなりはっきりとステーションと見覚えのある輸送船の姿を映し出していた。ステーションの周囲に糸クズのようなものが四~五本ほど(かす)かに見える。あれが船員がミサイル射出筒堡と呼んでいた、ミサイルの射出機構のことだろう。  少なくとも後四発はミラーボールが飛んで来ると思われた。言うのは簡単だが、本当にやれるのか……? 「マルチチャンネルで、こちらの要請をステーションへ送信開始。返答の有無に関係なく送信を繰り返すように。もし向こうとの通信接続が確立したら私へ回してくれ」  俺の死亡情報、ソンの身柄要求、そして総安保連合国籍の人員救護と救出について、ステーションに向けて送られ始めたようだ。  船長はインターホンのスイッチを切ると、俺の方を見て話し出した。 「カワチ君。君だけじゃない、実は……私も怖い。こんな非常事態は私だって未だかつて経験したことはないんだからな。本当は、今すぐにでも転進して地球へ帰りたいくらいだ。恐らく船員たちも、そう思っているだろうな……」  あんなに冷静に指示を出し、判断を下していた船長が、こんな弱気なことを言い出すとは思わなかった。本心なのか、それとも俺に同情してくれてるのか……。 「船長は凄く冷静で、決断力があるように俺には見えていた。ステーション行きは俺が言い出したのに、その俺が尻尾を巻いて怖がっているのを見咎(みとが)められるかと思ってましたよ」  今のところまだ警報は鳴っていない。俺はミサイルの脅威に(おび)え切っていた。いつ飛んで来るのかわからない恐怖で気がおかしくなりそうだった。 「先程、君は『自分のせいで』と言いかけていたが……確かにそうかも知れん。ただ、こんな状況下だからこそ、目の前に助けられる生命があるなら、私は手を伸ばすと決めた。ステーションに接近した時、生命の選別もしなければならない局面があるかも知れない。その時、私はその決断ができるかどうか、自信はないがね。  正直なところ、ミラーボールの直撃を受けるまで、私は今の事態をそこまで深刻には捉えてはいなかったんだ。あれは本当に怖かった。死ぬかと思った。  防御システムを考えた技術者に足を向けて寝られんな、全く。怖いと思うのは、まだ正常な感覚を持っているってことだろう」  それでも、船長はミサイルが飛んで来るかも知れない恐怖に打ち勝って、最善の方法でステーションへの接近を試みてくれている。こんな決断を下せる船長は、その説に(のっと)ると少なからず正常ではないってことになるが……。ただ、俺はこの人のことを少しずつ信頼していることに気づいた。 「上手く接近できるんなら、船長が異常な感覚だろうが何だろうが俺は構わない。俺は会って間もない、船長のことを信頼しているからね」  恐らく、俺は周りの船員から見ると怖気(おじけ)付いているのに、それを隠すためにイキがっている若いチンピラみたいに見えただろう。船長はポツリと一言だけ言った。 「光栄だな」  この人と話をしていると、何だか不思議と不安や恐怖がなくなって行くような気がする。でもまあ、またミサイルが飛んで来たら、俺の小さな肝っ玉は再び縮み上がって震えるんだろうけど。  それからしばらくはミサイルが飛んで来ることもなく、輸送船は着実にステーションへ接近して行った。 「船長、本船がステーション十キロ圏内に入りました」  航宙士の報告に、船長はカチッとスイッチを入れたように仕事モードへ切り替わった。 「よし、このまま前進を続けつつ、重力防殻は解除。偏光スクリーンは船首前方へ出力を集中させてくれ。レーザー砲塔には変化はないか?」 「はい。相変わらず本船を照準中ですが、未だγ線の反応なしです」  メインディスプレイにはステーションの姿はない。代わりに画面左下に大赤斑がくっきりと見える木星が映っていた。俺はいつもの怖気(おぞけ)で身震いがしてきて、思わず画面から目を()らした。  ステーションの外観を監視していた船員が声を上げた。 「何だあれ?ステーションからガスのようなものが噴き出してるような……?」 「ステーション外壁の拡大望遠は可能か?」 「はい。では拡大望遠をメインディスプレイに出します」  船員が操作を行うと、画面の真ん中辺りに、研究棟の円筒部を中心に捉えた拡大画像が現れた。  外壁のあちこちに亀裂が入っていて、白っぽいガス状の霧みたいなものが噴き出していた。それに外壁が破裂したように壊れていたり、外壁の破片が漂っている箇所もある。破片に混じって、どう見ても人の姿のような影もちらほら目に付いた。  民協連盟の制圧が終わっているはずなのに、中では何が起こっているんだろう?もしかして、総安保連合の連中がまだ抵抗しているんだろうか。  外壁に穴を開けるほどの損害を与えるなんて、まさか中でレイガンでもぶっ放したか?それにしては切り裂かれたように(めく)れ上がった亀裂が大き過ぎる気がする。  ブリッジにいる船長や船員たちも俺と同じような疑念を抱いたようだ。 「中でまだ戦闘が行われている可能性もありそうだな。制圧は完全ではないのか……」 「ですが、気密施設内でレイガンを使うとは流石(さすが)常軌(じょうき)(いっ)しておりますな。ステーションの制圧が目的なら、できるだけ破壊せずに行うはずでしょう。あの様子では制圧側とて無事では済みますまい」  副長の発言に何かが引っ掛かった。ちょっと待て。ソンは何て言ってたっけ? 『最終的な目的は、木星ステーションは運用維持不可能として世界に報じ、僕の国が棄却(ききゃく)することになる』 「船長、ソンは言っていた。制圧後に木星ステーションは民協軍が破壊するって……」 「そう言えば……確かに、彼はそう言っていたな。  連中の目的がステーション棄却なら、特に形を保ったまま制圧する必要はないだろう。破壊した後で、宇宙研究開発機関に通達すればいいし、理由ならいくらでも捏造(ねつぞう)は可能だ。  我々はステーション内部の状況はまるで把握できておらん上に……考えたくはないが、我々の口を封じてしまえば隠蔽(いんぺい)は確実だろうしな」  そうしている間にも、(いく)つもの光束が外壁を貫く様子が見えた。モニター越しだが、俺は先ほどのミラーボールの白光を思い出して(のど)(かわ)きを覚え、息が詰まるのを感じた。 「船長、連中の真意は我々には測りかねますが、このままステーションへ接近を続けていれば、本船も無事では済みませんぞ」  副長が不安を(あら)わに顔を強張(こわば)らせて呟いた。それを聞いても、船長は黙って思案を巡らせているようだった。  船員たちは各自のコンソールを叩き、ステーションで起こっていることの手がかりを見つけようと、可能な限り得られた取得情報の分析や確認を行っている。ブリッジはそうした作業報告や確認の喧騒(けんそう)でざわついていたが、俺には耳鳴りのする静寂にすら感じられた。  そんな中、通信士らしき船員が興奮したように船長へ報告した。同時にブリッジの喧騒がピタッと()んだ気がした。 「管制室との通信接続、できました!  というか、マルチチャンネルで発信されています」 「どれでもいい、すぐにこちらに回せ!  カワチ君は、私から離れてくれ」  俺がカメラに映ると計画が一発でお(しま)いになる。慌てて船長席から離れ、メインディスプレイ手前の空いているコンソールへと滑り込込んだ。回線が開くと、すぐにメインディスプレイの右上に管制室の映像が映った。 「宇宙研究開発機関所属定期輸送船『マディボート』船長、マイク・ガーランドだ。予め本船の目的をそちらへ送信していたが、その件への返答と……」  船長が身分と船籍などの儀礼通知を手短に終え、本題へ入るところだったが、管制室のコンソールにしがみつくようにしていた男は、それを(さえぎ)って叫んだ。 「メーデー!メーデー!メーデー!  こちらトリイ、メーデー!トリイ!  民協連盟のステーション制圧後、悪意ある正体不明の外部干渉によりシステムクラックが発生、無人機の攻撃で死傷者多数、施設内の気密が破られた、至急救助されたし。生存者数不明、メーデー……」  レスキューコールの音声が途中でプツリと途切(とぎ)れた。映像に映る男は必死の形相でコールを続けているようだった。 「どうした、トリイ!  こちらマディボート、そちらの音声が途切れた。状況を……!」  船長が状況確認の返答を叫ぶが、音声は戻らない。(みな)一様に息を殺し、画面を凝視していた。 すると、管制室からの映像は白い光束が瞬間的に画面を覆い尽くし、直後にブラックアウトした。  船長も俺も、そしてブリッジにいた船員たちも、しばらく黒い画面を見つめ続けるだけで口を開くことができなかった。  程なくして、画面に『信号なし』の表示が現れた。
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