第三部 隣国の敵意、友の真意

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【駆除システム】 「木星ステーションからの通信……マルチチャンネル発信も全て途切(とぎ)れました」  通信士が心なしか(あきら)めのため息混じりに報告した。  それもそうだ。  短い時間だったが、船長たちとあれこれ思考を巡らせて準備していた計画が全く役に立たなかった。俺はこれからどうしたら良いか何も思いつかず、虚無感と脱力感に(さいな)まれていたが、そいつらを無理矢理頭の(はし)へ追いやり、コンソールから飛び出して船長席へと移動する。そして答えの難しい問いを投げかけた。 「船長、さっきの救助要請……正直なとこ、どう思います?」  副長も船長席へ近づいて来た。船長は指で自身の(あご)(さす)りながら、一息()くと思考をまとめるように話し出した。 「うむ……レスキューコールの真偽は、こちらでは何とも判別できんが……。短時間であったとは言え、レスキューコールは航行記録にも保持された。受信した以上、我々の義務を果たすため、救助へ向かう必要がある」 「しかし、管制室の誘導がなければ本船はステーションへ接舷(せつげん)できません。それに無人機と言うのも不安要素と言わざるを得ませんな。仮に接舷できたとしても、迂闊(うかつ)にエアロックを開けた途端、その(くだん)の無人機が本船に侵入して来る恐れもあります」  副長の懸念は(もっと)もだ。もちろん、それは救助要請で説明された被害の元凶……『正体不明の外部干渉』であればの話だが。  無人機の攻撃……ソンの言っていた、民協の輸送船で搬送されてきたドローンのことだろう。ただ、救助を求めて来たと言うことは、民協連盟軍の兵士までドローンに襲われてたってことになるが……同情はこれっぽっちも感じないが、そんな装備で大丈夫か……と余計な心配をしたくなる。  システムのクラッキングと言っていたが、総安保連合が絡んでいるのだろうか?  その辺の疑問をぶつけてみる。 「システムのクラッキングは、まさか総安保連合の工作……ってことはないですかね?」 「そうだな……その可能性もゼロではない……が、民協連盟軍の制圧下で、相手に見つからず、しかも短時間でステーションと民協船のシステムに潜り込み、何らかの工作を仕掛けるのは至難(しなん)(わざ)だろう。それにそんなことができるなら、民協軍が乗り込んで来る前にどうにかできていたはずだし、その方がまだ人的被害は少なかったはずだ。  それに、今回の民協軍による制圧は、我々……総安保連合側にとっても寝耳に水のことだったからな」  確かに船長の言う通りだ。疑問は尽きない……が。民協軍にも、どうにもならない事態が起こっているとすれば……考えたくはないが、ソンの身にも危機が迫っているかも知れない。 ・・・・・・・・ 「ステーション、五キロ圏内に入りました」  航宙士がステーションとの距離を報告する。このまま接近すれば、もう間もなくメインスクリーンにも見えて来るだろう。  望遠モニターに映るステーション外壁の亀裂は、想像していたよりもかなり大きく、特に研究棟の左半分は形を保っておらず、細かな破片に変わっていた。他の部分も穴だらけで、この損傷ではステーションの大部分が気密を保持できていないように思えた。  それに、この間にもモニターに捉えられているステーションの外壁が破裂したり、振動で揺れ動いている。 「微速前進、このままステーションに接近する。残り一キロまで到達後、一旦距離を保ちつつステーションを追従する」  不意に俺のズボンのポケットが振動した。正確には、ソンから受け取ったメモ帳端末のバイブレーション通知だ。そう言えば、ミラーボールの直撃を受ける前に咄嗟(とっさ)にズボンの右ポケットへ押し込んでいたんだっけ。  メモ帳端末を取り出して見ると、ディスプレイには着信を知らせる通知が表示されていた。発信先は不明だが……この端末を知っている人物と言えば……。 「船長、ソンが俺に渡してくれたメモ帳端末に着信が来ている……受信してもいいだろうか?」  俺は念のため船長に確認をした。私用帯域での通信なので、そのままでは航行記録には記録されないためだ。 「わかった、音と映像を記録できるようオンフックで取ってくれ」 「了解」  ディスプレイの通話ボタンに触れ、音声をオンフックに切り替える。  映像にはソンが映っていた。多少画面のカクつきはあるが、通信状態は(おおむ)ね良好だった。 「ソン!お前……無事なのか!」  よく見ると顔から何から傷まみれで、(すす)だらけだった。髪の毛の一部がチリチリに焼けて縮れている。画面の中のソンは苦笑いを浮かべて言った。 「身体中、傷だらけで痛いのもあるけど、それよりも爆風で汚れた服が気持ち悪くて大変だよ。  君の方は、どうやら無事に輸送船が拾ってくれたみたいだね」 「ああ、お前の世話焼きのおかげでな。さっきステーションの管制室から救助要請が届いたんだが……そっちは一体、どうなってるんだ?」 「これから話すことは、輸送船の航行記録にも残るようにしてほしい」  俺は船長に目をやると、手を上げて応じてくれた。 「準備はできてる、大丈夫だ、続けてくれ」 「管制室からのマルチチャンネルは僕も受信していたんだが、さっきの爆撃か何かで管制室ごと吹っ飛んだみたいだ。それからは何の受信もできなくなった。君を救命艇で送り出した後、僕の国の兵隊……民協連盟軍がステーションへ押し入って、すぐに制圧を実行した。総安保連合の国籍の人たちは身柄を拘束されたり、殺されたりした。  そこまでは、僕らの計画通りだった。  粛清という名の(もと)に、総安保連合の人たちが何人も殺され始め、ステーションにいた人員が半数以下に達した時、急にステーションの制御システムだけでなく、民協の輸送船のシステムも含めて、全てが正体不明の何者かに、乗っ取られた」 「正体不明の外部干渉ってヤツか」 「ああ。僕らは各種制御システムとネットワークの一切から排除され、装置や機器類は制御不能になった。ドアすら満足に開けられなくなったけど、培養液をぶっかけたりして、物理的に開けるしかなかった。いつかの経験が役に立った。  しかし、最悪なことに、外に待機させてあったミサイル射出筒堡(しゃしゅつとうほ)の一基からステーションの研究棟へ向けてミサイルが撃ち込まれた。民協軍を含め、研究員や職員などの大勢の人々が死んだ」  なるほど。研究棟の荒れ放題な外壁の破損は、ミラーボールのせいだったのか……と冷静な認識の反対側の頭では、この破壊力の大きさに戦慄(せんりつ)を覚えた。防御システムがなければ、俺たちも輸送船ごと宇宙の(ちり)になっていたかも知れないと言う恐怖に身震いした。 「その結果は、恐らくそっちの方が被害状況を確認できていると思う。それを皮切りに、民協軍が持ち込んだドローンが無差別に人を襲い始めた。民協軍の兵隊でさえも標的になった。  僕は、ドローンに追い回されながら生産棟に逃げ込んで、何とかしてステーションと民協の制御システムへアクセスできないかをずっと試していた。  アクセスが確立すると、システムから直ぐに弾かれるので何度もIPを変えて侵入を繰り返したが、得られる情報は断片的なものばかりだった。それに、あまりしつこくアタックすると居場所がバレる恐れがあるから、移動しながら探ってはいたけど……残念ながら、今もシステムの制御を取り戻すことはできていない」  船長が手を上げて合図してきたので、俺はメモ帳端末を船長に向けた。 「宇宙研究開発機関所属の輸送船マディボート船長、マイクだ。ソン君だね。まず確認したいのが、管制室のメーデーで『正体不明の外部干渉』と言っていたが、これは事実かね?」 「正直なところ、わかりません。ただ、()き集めた断片的な情報から、人為的なものではない、と思っています。これは僕の推測でしかありませんが、人じゃない何か、と言うか……。その代わり、民協連盟、及び総安保連合の工作ではないことは確認できました」 「ふむ……。君の所感で構わないが、システムの致命的なエラーや不具合、と言う線は考えられないかね?」 「確かに、ログを辿(たど)って行くといくつかのエラーと、たくさんのワーニングは吐かれていましたが、処理的なものはとても簡易なコマンドでループしている痕跡があるだけでした。エラーや不具合、と言った理由ではなさそうです……いや、ちょっと待ってください」  ソンが恐らく別の端末でログを探っているのだろう。視線がそちらへ移動する。少しの間があって、ソンがメモ帳端末に向き直った。 「エラー発生時の回避が、正常系にスイッチして処理されています。こうして見るとシステムは不具合で処理を除外しているのではなく、正常系として処理しています。更新履歴など一部しか見れていませんが、ソースコード自体には、これに関わる処理の記述はされていないと思われます」  聞いていて頭痛がしてきた。俺にはさっぱりよくわからない概念だ。船長や副長はわかっているようだから、俺は口をつぐんでいた。 「人為的でないが、システムがそれを許可、もしくは条件分岐で()として処理している訳か……システムが機械学習か何かで、処理を独自に追加している可能もありそうだな」 「そのようです。  あまり時間がないので()(つま)んで状況を説明しますが、そんな理由で、今、ステーション内の人間はドローンによってほぼ『駆除』されつつあります。  システムの処理をトレースしていてわかったのは、ここにいる『人類を駆除』した後……ドローンを輸送船に再度格納し、資源を積んで地球へ向かうつもりのようです」  人類を駆除……。  システムによる人類の排除……。  何だか安っぽい近未来SF小説みたいだが、ソンや船長たちは現実として受け止めているようだった。  俺には何ができるだろう?  ソンを信じてやるくらいしかない、か。 「ソン、それを防ぐにはどうすればいい?」 「ドローンの通信パケットを(のぞ)いていて気がついたことがある。それを元に僕が書いた、正体不明のシステムからドローンや兵器への通信を妨害したり、撹乱(かくらん)するパルス波の生成ソースコードを地球へ持ち帰って欲しいんだ。雑にコーディングしただけなので、ミスも多いし直ぐに使えないけど、僕が持っていた端末で、ある程度ドローンを寄せ付けないことが確認できた。このソースコードと、抜き取れたデータ構造体と一緒に改良してくれたら、後々人類が『駆除システム』と対峙する時に役立つと思う」 「いや、ソン。それはお前が地球に戻って何とかしてくれたらいいんじゃないか?」 「民協の輸送船を地球へ帰す訳には行かない。地球へ到着すれば、地球のあらゆるシステム制御の中にウィルスのように浸透して、ステーション内で起こった無差別な虐殺が始まるだろうから……それだけは絶対に避けたい。なので、僕はステーションを係留中の輸送船ごと、木星へ落下させようと考えている」  おいおい。まさかソンの奴、ステーションと心中しようってんじゃねえだろうな? 「でも、システムの制御はできないんだろう?それに、こうしている間にもお前が殺されちまうかも知れないんだぞ。なあ、早く救命艇か何かで外に脱出してくれ。絶対に俺たちが、お前を拾いに行ってやるから!」  ソンは(かぶ)りを振って答える。 「輸送船の推進装置はガードが硬くて入り込むのは(あきら)めたけど……採取パイプの伸縮装置やステーションの重力均衡装置の制御処理には辿(たど)り着けた。断続的だけど、システムへのアタックをし続けて手動でコマンドを叩けば、木星へ近づかせることができる。  何しにろ『命綱なしの綱渡り』だからね。重力の井戸に捕まれば、システムが重力均衡装置の制御を取り戻したところで、木星から出ることはできないはずだ。仮に戻って来るとしてもハロー環の破片でしかない」 「だからって……」 「カワチ。僕は、自分で手を(くだ)してはいないけれど……民協軍として大勢の人を巻き込み、殺されて行くのを黙って見ていた。それに加えて、僕は仲間がドローンに殺されて行くのをただ見ていることしかできなかった。  生きていても、この大きな犯罪に加担した僕は、その呵責(かしゃく)に耐えられそうもない。僕や僕の仲間たちが犯した罪は、僕の死で(あがな)うしかない」 「ソン、お前が死んだって、それで消えちまうほどお前の罪は小さくはない。でもな、お前の生命だってそんなに軽いもんじゃないはずだ。  民協の輸送船が地球に向かうってんなら、上等だ。待ち構えて、辿り着く前にミラーボールでも戦術核でも何でも叩き込んで、ぶっ壊してやればいい。もし撃墜に失敗したって、お前が生きて対策をしてくれりゃ済む話しだろ!」  俺は、迎撃が言うほど簡単なことじゃないのはわかっていた。民協連盟船籍の輸送船に、いきなり攻撃するのは現実問題として難しいかも知れない。だからって、何も自分の生命と引き換えに木星へ落ちてくなんてどうかしている。  望遠モニターに映るステーションが一際大きく、外壁全体が揺れ動いた。生産棟付近の円筒の一角が爆散し、大量の破片を撒き散らす。同時にソン側の映像が大きくガタついた。 ・・・・・・・・  揺れが収まるのを見計らって船長が重苦しい雰囲気でソンを説得し始めた。 「我々は、例え半壊しているとは言え、多数の国家が巨額の資金を投じた木星ステーションをむざむざ木星へ(ほうむ)り去ることを見過ごす訳にはいかない。  我々はステーション内で起こったことについてはその片鱗しか確認できていないし、何が起こったのかを検証するためにも、ステーションを物証として残さねばならん。君はその証人として生き残り、ことの詳細を証言する義務がある。民協連盟は恐らく君の口を封じようとするだろうが、我々総安保連合が君の生命の安全をできる限り保障しよう。  カワチ君の言う通り、木星から来る輸送船は総安保連合の艦艇で地球へは近づかせないようにできる。バカな真似はやめて、他に生存している人々と共にステーションから脱出するんだ。君の勝手な自己満足で、生き残っている人々を道連れにしていい訳がない。  それに、君が本当に贖罪(しょくざい)を考えているなら、生き残ってその責務を果たすのだ。その道がどんなに辛くても、大切な友がきっと君を支えてくれる!」  船長は俺に顔を向けた。俺が(うなず)くと満足そうな笑みを浮かべて、映像越しにソンを見据(みす)えた。  ソンは(うつむ)いてしばし思案していたが、すぐに画面へ向き直る。  そして、決意に満ちた顔で頷き、言った。 「僕がドローンを妨害しつつ、生きている人たちを集めます。ただ、救命艇は使えないし、エアロックの操作も出来ないので、宇宙服を着て、ステーションの破損した場所から脱出を試みます」  ソンの答えに満足そうに頷きながら、船長は告げた。 「承知した。脱出の際は各自をワイヤーで連結しておいてくれ。大丈夫だ、我々が君たちを必ず救助する!」  その後、船長や副長が船員たちに指示を飛ばし、ブリッジが慌ただしい雰囲気に包まれ、救助の準備が進んで行った。 ・・・・・・・・  ソン、待っててくれ。今から助けに行くからな。  それと。救出が無事に済んだ後……お前は様々な辛い現実に直面するかも知れない。生きて行くのが辛いと思うかも知れない。  それでも、ちょっとは俺が支えてやってもいいよな?  俺はソンに再会できた時に、あいつにぶつけてやるための文句を考え始めた。  今回は(むな)しくなることもなく……()()なく、いくらでも、いくつでも脳裡に浮かんで来た。 (第三部 隣国の敵意、友の真意・了)
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