第四部 均衡の体系、不均衡の循環

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第四部 均衡の体系、不均衡の循環

【概念】  アンディは『システム』についての対策や考察に行き()まりを感じていた。長い間あぐらで座り続けてジャミング波の更新コードを書き続けていたため、腰も痛くなっていた。  テーブルから立ち上がり、(すで)にぬるくなったポットからコーヒーをカップに注ぎ、一息に飲み干す。  恐らく『システム』はひとつの構造体ではない。傭兵団が(つぶ)したものはどれも複製された一部の機能で、本体ではなかった。 「ひとつにして全て、全てにしてひとつ」  言葉にして見て、何とも(つか)みどころのない雲みたいな存在にアンディはため息を()く。  何処(どこ)かに鍵が()るはず。  そう思って色々と(さく)を講じて『システム』へのアクセスを行おうとしていたが、強力なセキュリティに(はば)まれ、思うように調査が進まないばかりか、逆探知されてドローンを送り込まれたこともあり『システム』へのアクセスは(あきら)めていた。  窓の外を見ると既に明るくなっており、朝陽(あさひ)が登ろうとしていた。 「夜明けまで作業とは(せい)が出るな」   梯子(はしご)を登って来るなりウェンが言った。 「正直なところ、行き詰まってる。朝の読経(どきょう)かい?」 「そんな面倒くさいこと、俺がする訳ないだろう」  アンディには、ウェンがドヤる意味が良くわからないが、仏門と言うのはそうやって仕事をしたりしなかったりでバランスでも取っているのか、と思い、ウェンに(だず)ねてみた。 「ユウは一所懸命(いっしょけんめい)にお(つと)めしてるのに、その師匠である和尚(おしょう)はそれを面倒くさがってやらない……何とも微妙なバランスの上で仏教徒は成り立ってるのかい?」  ウェンが(あご)に手を添えて考え込み、そして言った。 「アンディ、あんた、ようやくわかってきたようだな? 魂ってのは誰が死んでもそれが(めっ)されることはない。次の(せい)に移る。六道(りくどう)全体には同じ総量の(たましい)があり、(ごう)によって行ったり来たりするだけだ。その輪廻(りんね)から最終的に抜け出すのが解脱(げだつ)って言われてる境地で、まあ、そんな境地に達するには五十二億年はかかるそうだから、俺たちにしてみればこの世ってのは無限に続く回廊(かいろう)のようなもんだな」  総量は同じ……輪廻、循環……。全体は均衡で一部は不均衡……。  アンディの頭の中で何かが繋がりかけていた。 「ウェン。そもそも、そう言った仏教の言う魂の『システム』ってのは誰が作ったんだ?」 「既にそこにあって、釈尊(しゃくそん)がその(さと)りを開いた時には既に()った。釈尊はシステムではないし、システムを作った訳ではない。そう言う概念(がいねん)()ると悟ったってだけさ。仏教にも神はいるが、力を持った強い生物ってくらいで、他の神話、自然信仰の土着神(どちゃくしん)のような存在ではない。力が強くたって、そもそものシステムには逆らえないんだ。……って言うか、そんなことより、ちゃんと寝る時に寝とかないと身体を壊すぞ」  アンディは、先ほどまでは『システム』と言うものを何らかの実体だと思い込んでいた。そうではなくて、自分たちが『システム』に組み込まれた存在だとしたら……。もちろん電子の世界に人間が入れる訳ではない。しかし概念として人類が『システム』に組み込まれた要素、要因、変数だとしたら……。  アンディはひとり考察の迷宮へと入り込み、ウェンを放ったらかしにしていたことに気づかずにいた。 「おい、アンディ? 何とか言ってくれないと、くどくど説明した俺がバカみたいじゃないか?」 「あ……ああ。ごめんごめん。ちょっと何かヒントがあったもんで……」 「ならいいが。まあ、あんまり(こん)を詰め過ぎても疲れるだけだ。適度に休憩しとかないと()たないぞ」 「ありがとう、ウェン。別の切り口で考察ができそうだ。……そうか、僕は『システム』を単に何かの概念や構造体だと考えていたんだが、そうではなく……何らかの意志を持った存在だと考えれば納得が行く……」 「あのな。俺は、身体大事にって忠告してたんだけどな……。??? いや待てよ……いつだっけ、今アンディが言ったようなことを、前に祖父(じい)さんから聞いたような気がする」  アンディがウェンに詰め寄る。 「その資料は残ってる?」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はそう言うのには(うと)いんであんまり詳しく覚えてない。姉貴に聞けば何かわかるかも知れない」 「ありがとう、ウェン、迷える子羊に道を開いてくれて! 流石は和尚だな。早速(さっそく)リンに聞いてみるよ!」  端末を手早く片づけると、アンディはそそくさと梯子(はしご)を降りて行った。 「……って言うか、迷える子羊を導くのは俺の仕事じゃなくイエス様なんだがな……」
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