第二部 過去の手枷、未来の足枷

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【仏教集落】  アンディは不本意ではあったものの、ショーンに断りを入れ、後ろ手にロープで(くく)った。捕縛もせずにショーンを連れて行こうとしたアンディを、ゴローもリンも見咎(みとが)めたからだった。これに他のメンバーも二人に同意した。彼らの猛反発にアンディは予想以上に事が大きいことを認識して、渋々それに従わざるを得なかった。よくよく考えれば賊徒を連れ歩くのだから至極(しごく)当然なことでもあり、アンディはそれに従う他になかった。 「痛くはないかい?」  捕縛するロープの痛みを気遣(きづか)うアンディ。逆に、自分の置かれている立場を知るショーンの方が気を遣った。 「疑われないようにするなら、もっとキツく縛った方がいい」  自分への気遣いを察して、少し気恥ずかしさを感じたアンディは、頭を()きながら弁明する。 「別に(だま)そうって訳じゃないからね。形式上の捕縛だから……集落の人々を無為(むい)に怖がらせないようにね」  長の元へ連れて行くのだから捕縛されるのは当然だ。と言うか何もせずに連れ歩こうとしているアンディがどうかしていると、ショーンですらそう思っていた。  リンもゴローも、行商団のメンバーも、アンディの甘さとも言える優しさに半ば(あき)れつつも、その優しさが彼について行く大きな理由のひとつでもあった。  行商団の作業をゴローに任せ、アンディとリンは、ショーンを連れて(おさ)の家へと向かった。  今までは集落には襲撃と略奪を目的として来るだけで、こうして集落の中を歩いて(うかが)う機会はなかった。それでも今まで見た他の集落よりも瓦礫や残骸が片付けられて、道を(ふさ)ぐ障害物が少ないことに気がついた。恐らく普段から念入りに掃除や片づけを行なっているのだと思い至り、何故集落の人々はそんな面倒なことをするんだろうとショーンは不思議に思っていた。 ・・・・・・・・  長の家の付近へ来ると、長は家の前でアンディを待っていた。 「その男が賊徒か。思ったより小さいな」  また背格好のことを言われ、ショーンはあまりいい気分ではなかったが顔には出さないようにした。 「はい、お手数をおかけします。えっと、着いて来る自警団員はいないんですか?」  アンディは慎重な長のことだから、自警団を護衛に呼んでいると思っていた。長は何故か自信に(あふ)れた調子で言い放った。 「(あなど)っている訳ではないが、タカが賊徒ひとりだし、これから行く先には自警団よりも強い者たちが揃っているからな。それに、リン嬢が同行してくれているなら、万が一にもその心配はないだろう」  リンが嬉々(きき)として言った。 「その通り。もしショーンが変な気を起こして暴れたりしたら、あたしがぶっ飛ばす」  そうなれば小柄なショーンはどこまでぶっ飛んで行くだろうか……何とも剣呑なことをさらりと言ってのけるリンに、アンディは苦笑いを浮かべる。  そのまま長の家には入らず、また別の何処(どこ)かへ連れて行かれるショーンは底知れぬ違和感と不安感を覚えた。リンはともかく、自警団より強い相手がいる場所を想像するだけで暗い気持ちになる。苦痛に満ちた尋問(じんもん)を受けるのか、と。 「俺を尋問したって、何も教えられることはない。兄貴たちは大勢死んだし、根城の場所だってどこだか覚えてないし……」  思わず口走って、ショーンは軽はずみに状況を話したことを後悔して口をつぐんだ。  長はふん、と鼻を鳴らして言った。 「お前みたいな下っ端から聞き出せることなんかタカが知れてる。我々は、無抵抗な相手に自尊心や支配欲を満たすような真似はせんよ」  ショーンにとって、長の言葉の意味は今ひとつ測りかねたが、それでも危害を加えられる恐れがないことはわかった。  アンディと長は、行商団が持って来た改良型のジャミングユニットについて話し合っていた。ショーンは何のことかさっぱりわからないので(うつむ)きながら黙って歩き続ける。リンに促され、顔を上げると集落の外から見えていた、大きな像が目に入った。意外とどころか、その建造物は想像以上に大きかった。思わずショーンは上を仰ぎ見る。  像は上半身のみ現存していたが、基部から頭頂部までおよそ四十メートルの高さがあった。これで下半身も残っていれば百メートル以上の像ということになる。ショーンがバギーの後部座席で真似た指の長さでさえ、彼の身長の三倍以上はあった。手のひら全体では身長の十倍でも足りないほど大きい。  像の胸部は窓のような長方形の穴がいくつも開いており、人が入れる空間が内部に広がっている。窓には人影があり、そこから長やアンディたちがやって来る様子を見下ろしているようだった。  像の顔はただでさえ無表情なのに、半分欠け落ちていることが異様な冷たさを増長させ、片目からは見透かすような視線が投げかけられている気がして、妙にショーンの心を(ざわ)つかせた。  最初は気のせいと思っていたが、巨大な仏像の下へ近づくにつれ、奇妙で不気味な抑揚をつけて呟くような声が聞こえ始めていた。ショーンにはこの世のものとは思えぬ(おぞ)ましさを感じ、恐怖に顔が引き()った。今までに感じたことのない不安感は、とても簡単には拭い去ることのできないものだった。  ショーンの顔が引き攣ったのを見て、リンが補足説明を行った。 「あれは読経(どきょう)って言う、仏教の経典(きょうてん)を読み上げる声。初めて聞くと確かに怖いかもね」  リンに説明されても、それがどう言うことなのか頭に入って来ない。正体不明の(うめ)き声にしか感じられない読経の唱和は、ショーンにとって理解が及ばぬ未知の声でしかなかった。  思わず口から不安を表す言葉が()いて出る。 「ひ、人なのか……?」  長とリンは、とても賊徒の言葉とは思えず、失笑してしまう。何故笑われたのかショーンはわからなかったが、その様子を見てそれほど危険なものではないことを知った。  像の内部は施設としての機能がある程度残っていた。地面に崩れ落ちた下半身部分は失われていたが、上半身にあたる一部の施設や展望台などは多少斜めに傾いていたものの、使用することができるくらいには残存していた。ただ、中央のエレベータシャフトは破損して使い物にならず、階層の移動には鉄骨や廃品を利用した梯子(はしご)を使って行なっていた。  入口と(おぼ)しき場所には二人の護衛が立っていた。ゴローよりサイズが一回り小さいくらいだが、どちらも屈強でかつ洗練された筋肉の付き方をしている。  二人は長とリンを目にすると、右拳に左の手のひらを合わせて一礼した。  展望台から様子を見ていた作務衣(さむえ)を着た少年が梯子から降りて来て、入口の一行を出迎えた。長が来訪の用件を伝える。 「ウェンシィウ師にご相談があって参った。お目通り願いたい旨を伝えていただけるか」  少年は大きな返事をして、建物の奥で座っている法衣を着た男に用件を伝えた。すると、すぐに法衣の男が立ち上がり、入口に向かってゆっくりと歩み寄る。そして言った。 「どうぞ、中へ。用件は上でお伺いしますので先に展望台へお進みください」  建物の中は暗かったが、時折(ときおり)ひび割れた隙間から差す()の光で壁一面が金色に輝く素材で覆われているのがわかる。ショーンは物珍しさも手伝って、金の壁に描かれた紋様に目を奪われた。どれもこれも初めて見る不可思議なデザインだった。 「この方は、初めてここへ訪れなすったんですね。ここは仏舎利(ぶっしゃり)が収められた場所。壁には釈尊(しゃくそん)の誕生と入滅(にゅうめつ)までの軌跡が描かれています」  法衣の男が説明したが、ショーン本人はその説明は理解できず、この部屋が何のために作られたのか想像もつかない。ただ、これらは法衣の男たちにとって大切なものであることを感じた。  リンたちが梯子を登って上の階へ移動して行った。ショーンも着いて行こうとしたが、両手が縛られているため、梯子の下で動くに動けなくなった。アンディがそれに気づいて梯子を降りて来たが、その前に法衣の男がショーンの背後へ周り、捕縛していたロープを(ほど)きながら声をかけた。 「登るのには、難儀(なんぎ)でしょう」 「ごめん、ショーン。忘れてた! ウェン、縄を解いちゃってるけど大丈夫?」 「構いません。それに廃墟とは言え、展望台からの見晴らしはとてもいいですからね。ぜひ見ていただきたい」  ショーンはこんなにも簡単に縄を解いてしまった法衣の男の行動に驚いていた。 「さ、私はお茶の準備をしますので、上の階でしばしお待ちください」  法衣の男の言葉は(つか)みどころがない。返す言葉も思いつかず、促されるまま、梯子を登って行った。  梯子を登り()え、光の差す方を見ると一面の廃墟が目に飛び込んできた。窓の側に立つと集落の入口や、駐車場に停まっているトレーラーや荷解きに勤しむメンバーたちの様子が窺える。  アンディが側に立って言った。 「こうして廃墟を見下ろすと、僕らは本当に瓦礫と残骸の中で生きているのだと思い知る……不思議な光景だろ?」 「俺は……こんな風に、瓦礫の山を見下ろしたことがなかった……」  窓の外を驚きに満ちた表情で見つめるショーンの様子に、アンディは微笑んで、テーブルに着くよう彼を促した。 ・・・・・・・・  しばらくすると法衣の男が器用にトレイを片手に梯子を登って来た。  斜めになった建物に合わせ、足が斜めにカットされたテーブルに茶碗を並べて行く。茶碗にはお茶が注がれていたが、ショーンにとっては未知の薄い緑色の液体でしかなかった。  長が礼を言いつつ茶碗を取り、中身を(すす)る。ショーンは自分の前に置かれた茶碗と中身をじっと見つめていた。 「変なものは入ってないよ。多少苦いかも知れないけどね」  アンディもそう言いながら茶を啜った。  手に取ると、茶碗のじんわりと温かい感触が伝わって来る。ショーンはアンディの真似をして中身を啜った。 「に、苦い……」  その様子にアンディがフッと笑った。 「その子とはお初ですね。私はソン・ウェンシィウ、この寺院の僧侶です」  こうした自己紹介にはまだ慣れないが、ショーンは自分の名前を口に出した。 「……ショーン」  ウェンシィウは穏やかに笑って(うなず)いた。 ・・・・・・・・  それから話し合いが始まると、まずアンディがショーンを保護した経緯(けいい)を説明した。 「僕らが集落の前で倒れていたショーンを発見し、保護しました。彼は賊徒の下っ端です。行商を襲った際にドローンが現れ、賊徒のリーダーはドローンを引きつけて去るように彼に命じたそうです。見つけた時には地面に倒れていて、(ひど)い怪我を負っていました。丸腰(まるごし)で倒れていたので見過ごせず、こうして集落に立ち入らせてしまいました」  長がその後を続ける。 「団長は滞在中は彼を監視すると言ってはくれているのだが……丸腰とは言え、賊徒を集落に置いておくのは、人々の安全を考えると私の一存では決められず、こうしてウェンシィウ師にご意見を伺いに参った」  二人の話を聞き終え、ウェンシィウがアンディに(たず)ねた。 「アンディ、あなたはどうしてこの方……ショーンを引き取ろうと思ったのですか?」 「僕の子供の頃に経験した苦い思い出と、ドローンに追われたショーンの境遇に重なるものを感じて……。僕は、その際にとてもかけがえのない人物に出会い、そして自分の人生をやり直すことができました。そのチャンスがなければ、今こうして行商をやっていないでしょう。だから、彼が望むのであれば、人生を変える手伝いをしたいと、そう思いました。そう簡単なことではないとはわかっていますが、より良い別の人生を歩んで行けるのであればと。それ以外の他意はありません」  ウェンシィウはアンディの言葉が終わるまで黙って耳を傾け、そしてゆっくりと頷きながら話し始めた。 「なるほど。ご自分でも(おっしゃ)った通り、それは困難を(きわ)める道でしょうね。賊徒から足を洗ったという例は(いま)だ聞いたことはありません。ですが私としてはアンディ、あなたの決めた道を否定する理由もないのです。ですからあなたの気が済むようになさるが良い。ただ、行商団が滞在中に彼を集落の中に置いておく、と言う件については、長の懸念は(もっと)もなことです。集落は狭い。吹聴(ふいちょう)して周ることはせずとも、(おの)ずと彼の素性は直ぐに知れ渡るでしょう」  ウェンシィウは一息入れて茶を口に含む。そして、アンディとショーンを交互に見据(みす)えて、更に話しを続けた。 「集落の(みな)に理解を求めたところで、納得してくれる者は少ない……恐らく皆無と言ってもいいかも知れません。賊徒には何度も辛酸を()めさせられて来たのですから。アンディが思うほど簡単なことではないかも知れませんが、本人が何らかの(あかし)を立てられるのであれば、拒む理由はありません。現に彼は私たちに敵意を(いだ)いていない。もちろん、これまでに犯して来た罪を清算することはできませんし、彼だけではなく、周りが彼を理解し、納得しない限りは軋轢(あつれき)は生まれるでしょう。ですが、仏門に身を置く立場として言うならば、彼が人として生きる道へ導くのは当然なことだと思っています。彼が、人としての生き方を知り、人と共に生き、入滅を迎える前に何を()すべきなのか……気づき、導きの一助となることが私たちのあるべき姿だと思うのです。彼は、これまでの賊徒としての生き方が全てで、他の生きる道を知らずにいたのでしょう。仏教徒が使う言葉としては適当ではないですが、無知の知、と言う考え方もあります。知らないこと、それは彼の落ち度ではない。そこから気づき、より良く考えることができるようになれば、自ずと自分の道を切り(ひら)けるのです。  仲間から見捨てられた彼を、アンディは見捨てずに助けたことは、まさに御仏(みほとけ)(おぼ)し召し、因果なのかも知れませんね」  ウェンシィウの話が終わり、少しの沈黙が流れる。  長が重苦しくも頷き、言った。 「ウェンシィウ師が仰る意味はわかり申した。だが、住民の感情を(かんが)みれば、賊徒を野放しで集落の中に置くのはやはり難しい。その上で、ウェンシィウ師のお考えも考慮して、アンディ団長ら行商団の監視の(もと)で、その責を負うと言うのであれば、一時的な滞在を認める。もし人的被害などの騒ぎを起こせば追放する……と言う方針でよろしいか?」 「ありがとうございます。それで構いません。決して集落にはご迷惑をおかけいたしませんので」  アンディはきっぱりと言い切った。  ショーンは何故アンディがここまで食い下がるのかは理解できなかったが、自分の近い未来が、少なくとも身包(みぐる)みを()がれて荒野に捨てられるのではないと知り、安堵(あんど)のため息を漏らした。  その様子を見て、アンディはひとつ問題が片づき、肩の荷が少し軽くなったような気がした。  だが、まだこれは始まりに過ぎない……そう思い直し、(ゆる)みかけた気を引き締めた。
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