1.美しい女医、小日向小夜

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 突入した地下室の中央には所謂手術台が置かれ、その上に少年が横たわっていた。少年はピクリとも動かず、その頭部、右目には既に眼球はなく黒い穴がポカリと浮かび、左の眼窩は血にまみれ、溢れた血液がその頬の膨らみに沿ってつつと流れ落ちていた。  突入して最初に衝撃を受けたのはその恐るべき視覚情報であったが、その次に覚えたのは強い消毒液の香りだった。鼻がツンとし、僅かに涙腺が痛んだ。  そして女の叫び声が響いた。 「すぐに出て行きなさい!」 「ここで何をしている!」 「早く!」 「何をしていると聞いている!」 「見てわからないはずがないでしょう! 手術です!」  問答のうちにも警察官はメスを握っていた女と補助をしていた男を取り押さえる。女の抵抗は激しく、男である警察官を弾き飛ばす勢いで手術台ににじり寄ろうとした。頭を振り乱すうちに女が被っていたキャップが落下し、長い髪がはらりと溢れた。女の我々を食い殺すような鬼気迫る勢いに、思わず怯みそうになる。 「では、ではせめて救急車を呼んでください! それから止血をさせて!」 「救急車? 生きているのか⁉︎」 「当たり前です! けれどもこのままでは死んでしまう! あなた方のせいで!」  怒気のこもるその声に警察官の一人が慌てて手を離せば、女は弾かれたように手術台に駆け寄り、右手にピンセットを掴み取ってガーゼを摘んで次々と眼窩に押し込む。そして左手で血を吸い込んだガーゼを手元の銀のトレイに移す。その作業がひと段落した後、細い湾曲した針でその内側を縫い込み結索していけば、いつのまにか血の流れは緩やかに止まっていた。小さな鋏で糸を切って再びガーゼで眼窩の出血を拭い、消毒液を塗布するという流れるような鮮やかな手技に目を奪われて、俺は最後のその行為を止めることができなかった。  あろうことが女はピンセットを台に置くのと引き換えに、既に摘出されて銀のトレイに乗っていた2つの目玉をするりと手にし、そのまま口の中に入れて咀嚼したのだ。俺はそのあまりの行為に理解が及ばず、次の瞬間、総毛立った。  何故ならその時、俺は女の口の中でたまたま俺の方を見た眼球の片方と目が合ったのだ。そして直後にそれはぷしゃりと弾けて口の中に収まり、女の唇の端から血の混じった透明な液体が滴った。  慌てて口を開かせようと迫るが、すでに数回ごりりと咀嚼し、喉がごくりと嚥下した後で、無理やり開かせた女の口の中にはただ白い歯列と赤い舌と、喉に繋がる黒い穴しか見えなかった。  その間中、俺は女と目が合っていた。口角の上がったその表情は、僅かな愉悦に歪んでいるようにしか見えなかった。  女を取り押さえている間、警察官の呼んだ救急車が到着し、慌ただしく少年が運び出された後、結局俺と2人の警官、そして女と男が地下室に残った。  改めて見渡せば、これまで目に入っていなかったものが目に入る。  そこは確かに地下室でありながら、他の事件で何度か訪れたことのある病院の手術室に酷似しており、手術台の側に置かれた台にはたくさんの煌めくメスや器具、周囲の棚には薬瓶なんかが所狭しと並べられている。  本当に、手術室、なのか?  呆然とする。そうすると今のは本当に手術、だったのか? 先ほどの流れるような手技は確かに熟練を思わせる。 「わたくしは何故このような辱めを受けているのでしょう」  女の鋭い視線はまっすぐに俺の目を貫いた。 「傷害の現行犯だ」 「傷害? 今のは医療行為です」 「目玉を食べた」  そういいつつ、一体それが何の罪にあたるのか、俺にはわからなかった。  生きてるものの体を壊せば傷害になり、死んでいるものの体を壊せば死体損壊になる。けれども本人は生きていて、すでに分離されたものを壊すのは何の罪にあたるのか。  わからない。  けれども確かに、その瞬間、女は間違いなく笑っていたのだ。
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