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戦争が終わって帰国したら、実家は戦前の力を失っていた。俺は再び検事の職に復帰したが、微妙な立場にあったように思う。思想係、つまり思想検事という仕事は終戦と共に既に解体され、一般事件にあたるようになった。
一般の事件。そして強行犯係。つまり暴行傷害、窃盗、殺人、そういった荒事の事件だ。俺は体格も良かったから、それで回されたのかもしれない。
そして俺の担当区域には所謂スラムが含まれていて、そこには多くの浮浪者や戦災孤児がいた。後に日本全国で戦災孤児や浮浪児が12万人にも登ったという資料を見たことがある。
今と異なり福祉というものは全く機能していない。誰も彼もが貧しい中、彼らに手を差し伸べる者などほとんどいなかった。彼らは垢に塗れて駅の階段や待合室で暮らし、栄養失調で倒れていく。シケモクを拾って売ったり靴磨きをしたりして暮らしす者もいたが、盗みたかりを行う者も多かった。
つまり俺のところに送られてくるのはそういった事件ばかりだった。俺の仕事はそいつらを起訴し罰を求めることだ。何故やったという火を見るより明らかな聞き取りをして、その無気力な或いは憎しみを抱いた瞳に直面し、やりきれない気分に陥った。俺はやはり、特権階級だったのだ。
とっ捕まえて微罪のものは孤児院に突っ込む。けれども孤児院の環境も劣悪だ。すぐに逃げ出して裏路地に居座るのだ。俺は正義のために検察になったはずなのだ。けれども俺はすっかり正義というものを見失っていた。そもそもこの国は先の戦争に負けてから、その輝かしきイデオロギーを決定的に失ってしまったのだ。けれども人は生きていかねばならず、それが彼らの姿であり、つまりそれが彼らの正義なのだろうと思った。だからかくも、彼らは堂々としているのだ。
「無駄だぜ笹森! 俺はすぐもどってくるからな!」
「そしたらまた捕まえてやるよ」
子供というものはやはり純粋なものだ。特に俺によくとっ捕まる戸倉井という少年はそうだった。首筋に小さなあざが三角に並んでいて、その後ろ姿は妙に記憶に残る。
加倉井は俺の価値観からすると完全に悪なはずなのに、その瞳は正義を行っているかのようにキラキラと輝いていた。
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