怪盗令嬢は婚約破棄を阻止したい

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 さわやかな秋風の季節である。  庭の一重のダリアが咲き誇り、それを眺めながらのお茶会は風情がある。  白いテーブルを出して、ふたりでお茶を楽しんでいるのは、絵になるカップルであった。  黒く長い髪をシニョンにまとめ、秋色のドレスを纏っている少女は、出されたマカロンをおそるおそる食べていた。  それを落ち着いた雰囲気で眺めているのは、蜂蜜色の髪の青年であった。纏っている白い騎士団服は ちょうど仕事が終わったばかりなのを表していた。 「久しぶりだね、ウラリー。このところずっと体調を崩していたと聞いていたけれど」 「え、ええ……アル。このマカロンおいしいわね」  穏やかなアルフレッドと違い、ウラリーはどこかすっとんきょうな上に、会話が噛み合っていない。  幼い彼女の様子に、アルフレッドは静かに溜息をついた。 「ウラリー、君との婚約は白紙に戻したいんだ」  一生懸命マカロンを食べていたウラリーの手が止まる。 「ど、どうして……?」 「だって君、夜会にもお茶会にも観劇にも何度誘っても、全部当日に断るだろう? そこまで婚約が嫌なら無理しなくってもいいんだよ?」  アルフレッドからしてみれば、ウラリーとは年がやや離れている。  幼い上になにもわかっていない少女が、有事の際には死ぬかもわからない騎士の元に嫁ぐのは、たしかに抵抗があるだろう。  彼女のために、できる限り安全な首都の護衛騎士団に配属できるよう根回しした上で所属を変えたが、それでも怖がられたって仕方がない。  騎士だからという理由でなかなか決まらなかった縁談を、知人の末娘として宛がわれたウラリーが憐れだった。  彼女はまだまだ若いのだから、すぐに次の婚約は決まるだろうと、そう判断して告げたのだが。  ウラリーの顔がみるみる青褪めていくのに気付いた。 「ち、違うの……違います違います……ほ、本当に体調が悪くなって断っただけで、アルが嫌いだから予定を断った訳では……」 「ウラリー? 本当に無理してないかい? 君はまだ若いんだから、簡単に妥協しなくってもいいんだよ?」 「ほ、本当に違うから! 私とアルの年の差なんて、六歳しか違わないじゃない! 婚約破棄なんて、お断りだわ!」 「……そうなのかい?」 「ええ!」  ウラリーが力いっぱい頷くものだから、これ以上彼女を説得することができず、その場はなあなあで終わってしまった。 (嫌がってないとしたら、予定をことごとく断られるのはなんなんだろう……本当に体が弱い……? でも会うたびによく食べるのに……?)  彼女の主張する体調不良と、お茶会をするたびにお菓子もお茶もたくさん平らげて帰っていく様とがいまいち噛み合わず、アルフレッドはなにを彼女がそこまで隠しているのかがわからなかった。 **** 「おじいさまの馬鹿ぁぁぁぁ! 私このままじゃアルと婚約破棄よ! 嫌だわ! 絶対に嫌だわ!」  家に帰った途端に、ウラリーはがなり立てた。がなり立てずにはいられなかった。  ジラルティエール家には兄ひとり、姉四人で、既に上は全員既婚者。そんな中、末の妹のウラリーだけは婚約を決めたままで、未だに式の日時を決められずにいた。  それに隠居済みの祖父が顔を出した。 「仕方がなかろうよ。この家で動けるのなんて、隠居のわしと未婚のウラリーしかおるまいて」 「で・も! 私がしょっちゅう予定を断ってばかりだから、いい加減アルが怪しんでるのよ……今回は私が婚約を嫌がっているって理由だったけれど……いい加減私の素行調査をされてもおかしくないのよ?」 「ほっほ。今の騎士団に魔法の素養がおるのはおるまいて。だからこそ、盗まれたものの共通項が見つからないんじゃろうて」 「もーう!」  祖父と一緒に地下室へと向かう。  元々ジラルティエール家は、先祖が魔法使いであり、宮廷魔術師として財をなした家系であったが、いつの頃からか、魔法の存在は忘れられてしまった。  しかしそれで財をなしたジラルティエール家の家長だけは、代々先祖の残した魔道具の管理をしていたのだが。  父の代に家督を譲り渡した際にトラブルが発生した。  泥棒は先祖代々の美術品や骨董品と勘違いして、地下室で管理していた魔道具をあらかた盗んでしまったのである。  これには一家揃って慌てた。  今でこそ魔法は忘れ去られてしまったが、それを悪用しようと思えばいくらでもできてしまうため、代々管理していたのである。それが野に放たれてしまった。  仕方がなく、父はコネクションを駆使して不思議な騒動が起こった場所を調査し、これが魔道具が原因だと判断した場合は、祖父と子供たちを派遣して確保。誰かの所有物になっていた場合は、それらを交渉して譲り渡してもらい、それが無理な場合は盗み出していた次第であった。  しかし世間体もあるため、婚約が決まったら結婚せねばならず、姉たちは「ごめんなさいね」とウラリーに謝って嫁いで行ってしまい、兄も現在は父から家督を譲ってもらうまでの間は宮廷で働いている。  今やその魔道具捜しと回収の仕事は、ウラリーと祖父しかできないのであった。  さすがに老骨ひとりで回収は無理なため、ウラリーの婚約については相当骨を折った。  できる限り首都に滞在してくれて、忙しくてなかなか婚姻まで勧められない人。そんな魔道具回収におあつらえ向きな相手なんているんだろうか。  そう思っていたら、いたのである。  騎士団所属ゆえにいつ死ぬかもわからない相手だからとなかなか婚約が決まらず、しょっちゅう遠征に出かけている、アルフレッド・プランケットであった。  ウラリーは「魔道具捜しに影響ないなら……」くらいのノリで婚約したが。  そのまんまひと目惚れした。  六歳年が離れていたら、自分は相当子供に見えているらしいが、彼女は夢中になった。  しかし彼が外出に誘ってくれるたびに、魔道具が見つかるのである。  魔道具が騒動を起こしたら、魔法の知識のあるジラルティエール家の人間以外対処法がわからない。最悪人が死ぬために、どうしてもそちら優先になってしまうのである。  ウラリーは泣く泣く彼との逢引を断り続けていたが、昼に行われるお茶会にだけはどうにか参加していた。  そしたらご覧の有様であった。 「私、もう魔道具回収やめるぅー、このままアルの元に嫁ぐぅー! 「バカ孫娘、あれを放置していたらどうなるかわかっておろうよ」 「でも今のご時世じゃ、私たち普通に泥棒じゃない。うちから魔道具盗んでうっぱらった奴となにがどう違うのよぉ」  ウラリーは駄々をこねる。  それに祖父が鼻息を立てる。 「ウラリー、あれがアルフレッドを傷つけないとも限らんのだぞ? なんと言っても騎士団にすら、魔道具の対処法は伝わっておらんのだから」 「うう……」 「ふたりとも、揉めているところ悪いけど。魔道具が発見されたよ」  そう声をかけてきたのは、現当主の父であった。
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