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追憶のマイロン
冬の陽光が朝から降り注いだせいか、少し暑くなり、俺は正装のネクタイを緩めた。
ギルド保安室の窓を開け、冷たい空気を入れる。
ハネンはテーブルの上で、エレナに教えられながら報告書をまとめていた。
「『ウーラノスの眼』、ギルドに提出するので預かってもいいですか?」
ハネンは両手を差し出すと、俺は左目から世話になった『ウーラノスの眼』を渡した。
タノスとフェリガの陰謀において、決定的な証拠品として提出されることになった。
あの後、タノスはガイドルのきつい尋問を受け続けている。しかし王への反逆行為については、全否定の立場を貫いていた。
すべてを捉えていた神がかりのマジックアイテムで、そのうち言い逃れはできなくなるだろう。
「協力的だったニーサ・セアについては、どう考察を書いたらいいですかねぇ?」
エレナは報告書を遠くから眺めて、なかなか苦心しているようだった。
「協力的だった部分と、犯行をタノスの口から巧みに引き出せた点で、他国のスパイだったのかもしれない。いまだにつかまえられないのだから、きっとそうだろうな」
ニーサとタノスの会話にあったとおり、地下の貯水槽には無数の魔石が保管され、大量の魔物が潜んでいた。今後、それらの魔石と魔物をどのように処分するか、決めなければいけない。
俺が色々と解決した分のツケが、今度はガイドルに回ってきていた。
タノスの尋問、ニーサの指名手配、魔石・魔物の処分、王族周辺の身元調査、他のギルドとの人員の協議、フェリガの対応……。
いまにも二階の天井が突き破られないか、心配だ。
「ところで、『ウーラノスの脳幹』の在処は分かったわけだが、『ウーラノスの心臓』は結局どこにいったんだ」
ダメもとになるが、エレナに尋ねてみる。
「いくら情報屋の私でも、それは分かりませんなぁ。……タノスの供述じゃあ、一度手に入りそうだったみたいだけど……」
エレナは肩をすくめると、ハネンが報告書に羽ペンを走らせながら呟く。
「『ウーラノスの心臓』は、三つの古のマジックアイテムの中で、一番重要な魔法具です。
その外見は――」
***
王宮内にある直系の王族が眠る墓地。
丘の上の木陰から、神父の祈りをそっと見届けた。マイロンの葬儀には多くの人々が集まっていた。
俺は温室近くのコスモスが気になり、柵伝いに歩く。
陽光が差し込み、マイロンが愛したであろう、花壇の花達が、太陽に祝福されているようだった。
ふと、温室前で何かが反射した。
青いハート形の宝石がはめられたネックレスだった。
ハネンの言葉を思い出す。
『その外見は青く透き通ったサファイアのような宝石で、手にした者が命を落としても、復活させる力があるそうです』
一縷の光が花壇の前で結集し、まぶしいほどの光の群れになる。
俺は片目を細めた。
少しずつ黄金色の輝きが弱まって、人の形を成す。
――白銀の長い髪と真っ白な肩。
忘れられない姿に、俺の心臓が飛びはねる。
一糸まとわぬマイロンが、ゆっくりとこちらを振り向く。
マイロンの懐かしく愛しい微笑を俺は抱き寄せた。
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