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ギルドマスターの依頼(2)
エレナはさっそく問題の依頼について調べ上げた。
「依頼番号、P1243。書簡による申し込み。クシーオという村から依頼書が届いているわね」
蝶番の付いた木板を開くと書類が挟んであった。
申請書などのクエストに関する書類は、全てこのクエストブックに保管されている。
エレナは資料を保安室のテーブルに広げた。
「差出人は村の長老、ペリープシという人ね。内容は、ダンジョンのモンスターを一掃。ま、よくある依頼。金額は……え、金貨百枚以上⁉ 銀貨の間違いじゃないかしら」
俺はエレナの横から手紙をのぞいた。
「ふむ。ダンジョンの細かい説明はないな」
「ねぇ、クシーオっていう村なんだけど、ここから北西に五十マイルぐらい離れているみたい」
ギルドマスターの依頼だからか、エレナはいつもより格段に調べが早い。
地図を取り出すと、ウエストリバーから北西にある峡谷を指で小突いた。
「クシーオ村まで行って、ペリープシという人物から詳細を聞くしかないようだ」
田舎まで行って、顔も合わせたことがない人間に、色々あれこれと尋ねなければいけないのか。
――俺は人見知りするタイプなので、正直しんどい。
「……どうだ、エレナ。休暇がてらに一緒にいかないか?」
エレナの左右対称で端正な顔立ちが、一瞬で抽象画のような、頭から何かぶっかけられた酷い顔になった。
「冗談はよしてください。ハーズさん」
ギルドマスターの威光もここまでか。引きこもり中のエレナを街から出すのは、天変地異でも起きない限り難しそうだ。
しょうがない。旅支度だ。
俺は覚悟を決めた。
テーブルを離れて、保安室の外窓に近づく。
ウエストリバーは相変わらず、土色の風で曇っていた。
いつ帰ってこれるか分からない。今の景色でもいいから、この左目に焼き付けておこう。
薄汚れているが、この街の朝日は眩しく、夜のウイスキーは美味い。そのことを忘れないために。
「……行ってくる」
「クシーオ方面の幌馬車が来てるんで、早く一階に降りてください!」
「はやっ!」
***
馬車で半日ほど移動し、山道を歩き続けた。
木々の間からクシーオの村が見え始めたのは、山頂に夕日が掛かり始める頃だった。
この山間にも東からの風が舞い込んでいた。
風塵が村全体を燻すように包み込んでいる。
俺は砂嵐対策に、灰色のマントを羽織り紺青のターバンを巻いていた。口元まで顔を隠すように布で覆っているので、まるでミイラのような風貌だ。
頑丈な鉄パイプに切り込みを入れた道具を布袋に入れて、それに革ひもを通して肩にかけている。ちょうど俺の身長ぐらいで、傍から見れば槍でも背負っていると思われるが、正真正銘ただの鉄パイプだ。しかし、まさに俺の頼れる相棒なのだ。
俺は鉄パイプが村の東門にぶつからないよう、身を屈めながらくぐった。
「あんた、ギルドメンバーかね」
ふと声のする方を見ると、何もなく、視線の下に子供がいた。
しかし、ついている顔は四十を超えた皺のある不信な表情だ。
クシーオはドワーフの村だった。
俺は軽く頷くと、ぱっと男の表情は明るくなる。
「おお、ではすぐに長老の元へ案内しましょう……!」
テクテクと小柄な男が先に進む。
集落には、木の屋根に漆喰が塗られた家がいくつかあった。
入相の光で篝火を焚いたかのように村全体が赤みがかっている。視界の悪さで、村全体の人口は想像できなかった。
ドワーフの家は俺の背丈ぐらいの高さだが、出窓がついていたり、壁にカラフルな色が塗られていたりして、まるでおもちゃの家に見えた。
長老の家はドワーフ以外の来客も想定しているのか、円錐状になっている。高さが十フィートはあった。飾り物が家の外壁にかけてあり、なんだか怪しい輝きを放つ魔除けのような物もあった。
入口から顔を入れると、奥にどうやら、長老らしきドワーフが座っている。
「わしが、ペリープシじゃ。ここのドワーフの長老をやっとる」
あらゆる毛が真っ白で、髪の毛と眉が垂れ下がり、毛の奥に目が隠れてしまっている。
ペリープシの隣には作業台のような机と、その上には木槌が置いてあった。
思っていた以上に屋内は狭く、ドワーフがやたら集まっている。
十人ほどがぎゅうぎゅうになって、犇めきあいながら、俺の道を作ろうとしていた。
「ちと、飾り彫りを教えててな。まあ、こっちに入んなさい」
ペリープシはおいでおいでをするが、俺は全方位から見られるのが嫌でしょうがない。ましてその、肩触れあわんばかりの集合体の中心部に、割り込んで腰を下ろすことはできない。
手を振って断り、入口の桟にもたれかかった。
「……だいぶん警戒されているようじゃな。腕の立つギルドであれば、当然のことじゃろう。
こうも皆、あいつらにやられるとは思いもせなんだ。掘り開けた場所が、本当に悪かったんじゃろうな……まさか、大坑道に大量のモンスターが住み着くことになろうとは……」
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