ギルドマスターの依頼(5)

1/1

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

ギルドマスターの依頼(5)

 朝起きると、頭がぼんやりとしていた。  自分がギルド保安官だったこと忘れていたようだ。  ――いつも、そうだった。命を()ける日の朝は、体が重くなる。 『今日は大坑道(だいこうどう)に行って、ローグをしょっ()くんだろう』  ギルドマスターに似た声が、俺をせきたてていた。 『分かっていますよ。俺はギルド保安官ですからね』  俺は心の中でその声に皮肉を言った。 ***  第二坑道は巨大な生き物のように空気を吸っていた。  湿った土壁を虫が()いずり回り、カビの臭いが充満している。  俺は第一坑道と交差する手前まで歩き、もともと想定していた壁のへこみに身を隠す。  右目を閉じて、うっすらと左目だけを開けた。  視界の闇が払われていく。  洞窟の全貌(ぜんぼう)が緑色になって、はっきりと見えた。わずかな光を捉える義眼は、昼間の洞窟であれば、明かりがなくとも十分な視界を確保した。  しばらくすると、入口から誰かがやってきた。  洞穴にできた水たまりを器用によけながら、慣れた様子でこちらに近づく。  ちょうど、俺の前を影が横切る。  俺は背中から首元に手を回した。 「ぐぅ……!」  フード越しから男の汗が臭った。  急に襲われて気が動転しているようだ。 「うぐぐ……」  男は気を失わないように耐えながら、俺の腕に手を回す。だが完全に首をロックした俺の腕を、引き()がすには遅すぎた。  男は暴れながら、両足を前方に回転させて滑ったようにしりもちをつく。  俺は背中から地面に叩きつけられた。  肺の空気が強制的に押し出され、背骨から激痛が走る。打ちつけられた場所が泥水だったので、どうにか折れなかったようだ。  男は朦朧(もうろう)とした意識の中で、腰元(こしもと)の刀に手を伸ばす。  俺は緩んでしまった首をきつく締めあげた。この腕を離してしまえば、有利な状況をチャラにされてしまう。  刀の柄をつかもうとする男の腕を、左足で必死に蹴り上げて、抜かせないようにする。  刀身が入口から差し込んだ光を反射した。刀半分ほど(さや)から出したところで、男の全身から力が抜けるのが分かった。  ローグは、水たまりに顔を半分漬けたまま気を失った。  気力、経験値、ともにレベルの高いローグだった。モンスターと戦っている最中に、こいつに不意を突かれれば、大抵のギルドメンバーはやられるに違いないだろう。  俺はローグの手足を縛り、鉄パイプを握るとさらに奥へと進んだ。  第一坑道と交わり、そこからさらに1マイルほど歩く。  空気が突然冷たくなる。濡れた岩肌に青白い光が反射していた。その角を曲がると、大空洞(だいくうどう)に出た。  いくつもの魔石がコバルトブルーの光源になり、できた鍾乳石(しょうにゅうせき)の影を何かがよぎる。  モンスターの息遣いが聞こえた。不気味な声が共鳴して、魔石を守るように魔物が徘徊(はいかい)していた。  距離は十分だ。  壁際に寄って、鉄パイプを取り出した。  左指を末端の切れ込みに入れ、反対の端を右の甲に乗せる。  左目を鉄パイプの上部に近づけて、一番手前のゴブリンの頭を狙った。 「ふぅ、ふぅ、ふぅ」三度息を吐いて、ゆっくり息を吸って止める。  魔法を左指から発射する。氷の塊を風の力で吹き飛ばすと、(とが)った氷塊は一瞬でゴブリンの頭上を飛び越えた。  遥か遠くの岩壁が穿(うが)たれる。  狙われたゴブリンは、音のする方を見るが、狙われていることには気づかない。  ――風があるな。少し下に補正。  右腕をほんの僅かだけ下げると、義眼の驚異的な視力でゴブリンの頭を確認する。  鋼を撃つような凝縮された音が鉄パイプから聞こえると、撃ち出された氷柱(つらら)がゴブリンの頭を一瞬で消し飛ばした。  頭を無くした体が、わけも分からず一歩進んでから崩れ落ちる。  ゴブリン、バジリスク、グール、ガーゴイル……。最後に三連射をしてキマイラを仕留(しと)め終えると、大空洞から生き物の声が消えた。  残ったのは亡者(もうじゃ)の叫び声のような、洞窟の息遣いだけだった。  俺はモンスターがいないことを十分に確認してから、大空洞の中央に位置する柱まで歩く。  緑青色(ろくしょういろ)が混ざった一際大きな魔石が輝いている。 「……なんて大きな魔石だ……」  通常の青い光ではなく、ターコイズグリーンのような緑もある。魔石内にオーロラのカーテンが映し出されていた。  俺は鉄パイプで魔石が傷つかないように気を付けながら、土台を崩して魔石を手にする。  美しい魔石は手のひらにやっと収まるほどの大きさで、ずっしりと重い。  ――攻略の証拠として持っておこう。  内ポケットにしまうと、大空洞を後にした。  第二坑道から出口に向かうと、失神しているはずのローグの姿がない。  左目で周囲を探索するが、どこにも姿が見当たらなかった。  ――しまった。外に逃げたか!  俺は急いで出口に向かう。  足跡を追うと、まずいことに第一坑道の入口を目指していた。  奴は、俺が村を訪れる前から監視していたに違いなかった。  ――くそっ! 間に合ってくれ。  第一坑道の入口前。適当な材料で作った、みすぼらしい屋根の下にローグが居座っていた。  雑に作ったはずなのに、どの角度からも死角になり、ローグの姿を捉えられない。  長距離の攻撃は諦めて、俺は鉄パイプを構えながら近づくと、のっそりと灰色のマントが出てきた。  男はこちらを振り向くと、その腕の中にハネンが囚われていた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加