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ギルドマスターの依頼(6)
「その武器をこっちに向けんじゃねぇ! 下ろしやがれ!」
ローグは小刀を腕の中にいるハネンの首筋にあてがう。
体中を強張らせたハネンは、恐怖のあまり声も出せないようだ。
「その子は知らないし、クエストに何の関係もない」
非情を装って、鉄パイプで狙いをつける。
ローグはハネンの首をぐっと片腕で締め上げた。ハネンは宙で足をばたつかせると、急激に顔が蒼白になっていく。
「このガキとテメエが、一緒に飯食ってたところを見てんだよ!」
――くそっ、そこまで見られていたか。
ローグは紫の締め痕がついた首を、ほぐすようにグルグル回すと、殺意のこもった目を向けた。
「分かった、分かった」俺は両手を開いて、落ち着かせようとした。
構える武器を地べたに下ろす。その一挙手一投足が、ローグの血走った眼へ写り込む。
「俺が大空洞から採ってきた魔石と、その子を交換しよう」
懐に手を伸ばすと、男は一瞬緊張して、切っ先がハネンの首を傷つけた。赤い血が刃先を伝って落ち、白い石灰岩がそれを吸った。
「……落ち着けって、魔石を取り出すだけだ」
魔石の大きさを見た途端、ローグの顔つきが変わった。
――そうだ、冒険者をやっている奴なら、この魔石の希少価値が分かるだろう?
ローグの口端が少し緩み、震えていた小刀も平静を取り戻しつつあった。
このレアな魔石は、忌まわしい洞窟に長いあいだ張り付いてきた、対価に見合うと思ったのだろう。人殺しにまで手を染めた罪からは、一生逃れられないというのに。
俺は魔石を右手のひらに乗せ、男に差し出すように見せる。
そして左手で魔法の準備をした。
男は取り憑かれたように魔石に魅了される。
その一瞬の弛緩を感じ取った刹那、左手だけを素早く動かし、風の魔法を発出した。瞬く間に空気が凝縮され、左指先からトルネードが根を伸ばすと、ローグに向かって渦巻いた。
魔石は回転しながら、一直線に飛ぶ。
ローグは煽られ、その浮いた体の肩を魔石が貫通した。
膨大な魔力を魔石が持っていたためか、触れたローグの肩から紫焔が立ち昇り、マントを焦がす。
緩んだ腕から、気を失ったハネンが滑り落ちると、倒れる前に俺は抱え込んだ。
「おい! 大丈夫か、ハネン!」
小さく息をしているハネンを見て、ほっと胸をなでおろす。
ローグは突風を正面に受け、吹き飛ばされていた。
ハネンを抱きかかえてから、ローグに近づくと肩の一部が吹き飛ぶ重傷を負っていた。
しかし、紫の炎に焼かれたことで止血され、命を落とすことはなさそうだ。
これからこいつには、大罪を贖ってもらおう。
そして硬い地面に突き刺さった魔石を引き抜いて、ハネンをこじんまりした屋根の陰に横たえる。
「……ギークさん、あなたは一体……何者なんですか?」
意識がはっきりしてきたハネンは、仰ぐように俺を見上げた。
つい子供だと思っていたハネンの瞳に、艶のある色気を感じる。
「ただの腕のいいギルドメンバーだ。……落ち着いたら、ほら、この魔石を持って、ペリープシのところへ行くんだ。依頼は達成した」
「ギークさんはどうするんですか? あとで、村に来てくれますよね?」
「……ああ、もちろん報酬を取りに行くさ。その前に、あのローグをしょっ引いてくる」
「しょっ引く?」ハネンは聞いたことのない単語に困惑した。
つい出てしまった口癖に、俺は首を振ってうやむやにした。
鉄パイプと一緒に、縄できつく縛りあげたローグを背負う。
採掘場に佇む、枯木のようなボロ屋根を背中に残して、俺は誰にも別れを告げずウエストリバーを目指した。
――これがギルド保安官の宿命ってやつさ。
俺は峡谷を抜ける。強大な魔石と金貨百枚以上、そしてハネンの好意を残して。
ウエストリバー行の荷馬車に乗せてもらい、宝の山がどんどん遠ざかっていくと、悔恨の情がつい湧いてくる。
魔石はもらっておいてもよかったなぁー! 報酬と関係ないし、なんでハネンに渡しちゃったのかなぁー!
荷馬車はゴトゴトとゆれた。まるで俺の心情を表している様だった。
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