第2話 受付のエレナ嬢

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第2話 受付のエレナ嬢

 マイロンの豪邸を出たその足で、ギルドの建屋に向かった。  ギルドハウスは同じウエストリバーの街にあった。  ウエストリバーの街は、先ず中央に王族が住む特別区がある。そこを中心にして、銀行や商業施設が王族を守るように(そび)えていた。  同心円状に拡大し続ける街は、年輪のように層を厚くし、その中間層にウエストリバーギルドのギルドハウスがある。  ギルドハウスは三階建てで、ちょうど庶民と上流階級の生活圏がぶつかる街道に面していた。  一階はギルドメンバーが依頼を請け負うホールと受付事務所になっており、二階は応接室や保安室、そして三階はギルドマスターの居住空間になっていた。    ギルドハウス内は相変わらず、むさ苦しい奴らで(にぎ)わっている。クエストボードがあるロビー内を、飼い主のいない狂犬どもがうろうろしていた。  それを尻目に、関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて、二階にあがる。そして、西日の当たる角部屋に入った。 「エレナちゃーん」  入ると俺は受付嬢のエレナを呼ぶ。  客用のソファーとテーブルが部屋の真ん中に置かれ、真っ赤な太陽が一番奥にある俺のデスクを照らしていた。  血のように染まったオーク材の椅子を引いて、ゆっくりと腰かける。  壁を背にして、誰もいない部屋全体を見渡した。  横にはもう一つ部屋があり、資料室兼エレナ嬢の部屋になっている。 「エレナちゃーん、いるのかなぁ」  俺は閉まっているエレナの部屋に向かって、声を張り上げた。  くぐもった声が聞こえると、ゆっくりと戸が開いて、エレナ嬢が大きな欠伸(あくび)をしながら出てきた。資料整理係兼受付嬢のエレナだ。  黒髪のショートカットの側面に小山を作り、青い瞳は起きたばかりで(うる)んでいる。背筋を伸ばすと、俺と同じぐらいの背丈で、女性としては背の高い部類に入るだろう。  受付嬢とは名ばかりで、実際は資料室に日夜(こも)り、研究をしている。そのせいか、肌は青白く、低燃費で食にも(うと)いのでスレンダーな体型だ。 「あ、おはようございます。ハーズさん」 「もう夕方だよ。……また研究をしているのかね」 「ええ。まあ、そんなところです」  エレナはまったく蚊に刺されたほどもなく、悪気無い様子だった。 「ところで、あのお嬢様の両親には会えたんですか?」  マイロンのことを考えただけで、鉛で撃たれたような衝撃が後頭部を襲う。  頭を抱える俺に、嬉々とした表情で来客用の椅子を持って近づく。彼女の好奇心は一般人よりだいぶん(かたよ)っている。  俺はマイロンの屋敷、ユーゼリエ家での一部始終を語った。 *** 「えええーっ!! それで、二百枚の金貨を受け取らなかったんですかー!!」 「ちょっと! エレナちゃん! 声が大きい!」  俺はエレナに向かって、人差し指を立てた。 「ばっっっかじゃないですか⁉ そんだけあったら、一年間、いや二年間、部屋にこもって、テキトーな小説でも書いて暮らせますよ⁉」  青い瞳をいからせて、ショートカットの黒髪を振り乱しながら、俺の机を拳で叩いた。  そんなエレナ嬢を見ていると、俺の心情を代弁してくれて、ある一種の爽快感がある。俺の代わりに、二十代の若いピチピチの子が、一心不乱に小さい口から唾を飛ばしながら、真実を語ってくれるのだ。 「取り返しに行きましょ! 私、ハーズの妻ですって言って慰謝料(いしゃりょう)取りますんで。その王族だか、皇族だか知らないですけど。今から行ってきますんで、住所教えてください!」 「まあまあ、落ち着いて……」  俺は半笑いでごまかしながら、エレナを落ち着かせた。
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