落日の街(1)

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落日の街(1)

 暗黒の初冬(しょとう)の空。  ウエストリバーの交差点に設置された篝火(かがりび)が灰を昇らせる。  やがて朝日が煙霧(えんむ)のなか、傷跡のように横一直線の赤になって顔を出す。煙は日没のように真っ赤に燃え広がった。 「治安維持部隊の指揮は、王国衛兵長が兼任する」  ギルドハウスの一階でガイドルが声を張り上げた。  三日前、ギルドメンバー全員に集合命令が発せられた。この命令に従わなかった場合、ギルドを強制退会させられる。つまり、いま来ていないギルドメンバーは全員(くび)ってことだ。  ウエストリバーは未曽有(みぞう)の危機に(おちい)っていた。  夜になるとモンスターがどこからとものなく街の中に現れ、住民が殺される事件が起きていた。警吏(けいり)の数を増やしたが、被害は拡大する一方で、ついには夜警(やけい)を中止した。そして、日が昇ったあとの十分な明るさの中で、一斉掃討(そうとう)する方針に切り替えられた。    国を挙げての作戦に、ギルドもほぼ強制的に駆り出された。  ギルド保安官は一時的に職を解かれ、王国衛兵長が指揮する守備隊の一兵士に加えられる。  そうして集まった大勢のギルドメンバーは、一階に入りきらず、街道まで溢れていた。 「やってらんねぇな……」  俺の横にいる男が愚痴った。  ――たしかに。ほとんどのギルドメンバーがそう思っているだろう。  街の治安維持は王国守備隊の問題だ。ギルドメンバーはあくまで住民たちの依頼として最優先に引き受けるのだが、肝心のがない。  もともと金で動くやつらがほとんどで、ギルドマスターであるガイドルでも、彼らの価値観を変えることなど不可能だ。  その分、俺らギルド保安官が働いて、坊主たちに大人としての手本を示し、奮起させられるかどうかといったところだ。  ――だが、しかし……それだけではなく、ギルドメンバーへの詳細な指示が下りてきていないのか、地区を割り当てられるだけで具体的な指示がなかった。  そこは初日だから、ということで俺の中で割り切った。  これが連日となれば、さすがのギルドマスターでも俺が口論してやる。……まあ、明日までは我慢するか。いや、明後日ぐらいがギリギリかな……。 ***  俺は割り当てられた大聖堂地区に向かった。  大聖堂は白亜(はくあ)の教会で、大きなぶ厚い扉を閉めれば要塞にもなる。特別区の外側にあり、有事には庶民が避難する場所になっていた。  しかし、大聖堂内は王国衛兵隊の本部が陣取っていた。  プレートメイルを装備し、黄金の兜を脇に抱えた衛兵が三十人ほど壇上(だんじょう)で地図を取り囲んでいた。  衛兵の中で、特に輝く鋼鉄の鎧を装備した男がいる。第三十一代国王の横顔が描かれた赤いマントをつけ、騎士(ナイト)の称号をもつ、王国衛兵隊長タノスだった。  (わし)鼻と黒髪のショートの巻き毛が特徴的で、三十代前半の割に落ち着いていて風格がある。  俺はタノスの姿を見つけると、柱に隠れた。  柱の陰を音なく渡り歩いて、見つからないように大鐘がある塔の階段を登った。  ――あっちは知らないだろうが、こっちは十分すぎるほど知っている。  公的にも私的にも。  最後の階段を登り終えて、大鐘楼(だいしょうろう)に着くと、屋根にいた鳩たちが朝雲へ一斉に逃げる。東西南北、四つの石造りのアーチから、街の住宅街を一望できた。  狙撃ポイントとして、この上ない。  俺は背負っていた鉄パイプを取り出して、どこに狙いをつけるか考えていると、階段から足音が聞こえた。  二人の話し声と共に現れたのは、タノスとその側近だった。 「おや、先客がいたようだ」  タノスの声は力強く響き、聞き取りやすかった。  俺は逃げ場を無くして、しょうがなく立ち上がり、顔をあわせず(うやうや)しく頭を下げる。 「君は、もしかして……ギルドのハーズ・ボトリックか?」  タノスが俺の頭を指さすのが気配で分かった。  自分の従順な性格が嫌になる。  ――そして、もう忘れようと思っていたマイロンのことが、また蘇ってくる。しかしそれは仕様のないことだ。なぜなら、タノスはマイロンと結婚した相手なのだから。  俺はその恋敵に向かって、丁寧に頭を下げているのだ、自分を情けなく思う。  この地区を担当にしたガイドルに文句でも言いたいところだが、マイロンのことについては、エレナしか知らないのだからしょうがない。  しおらしくしていれば、去って行ってくれるだろうと思ったが、タノスは兜をツレに預けると、俺の両肩をつかんだ。 「……本当に、残念だった……」  俺は想定していない展開に戸惑った。  顔上げると、タノスの(あご)の骨が浮かんで、歯が(きし)む音が聞こえてきそうだった。 「私の力不足だった。彼女は、昨日魔物に殺されたんだ」  タノスは顔を伏せてつぶやいた。  ――死んだ? 誰が? 「彼女って、誰のことだ?」勝手に口から、思った言葉が飛び出た。俺は確実な情報がほしかった。 「……マイロンだよ。君は元恋人だったんだろ? それとなく知っていてね」 「うそだろ、マイロンは王宮に居るんだ。魔物なんて出るはずがないし、出たという話も聞いたことがない」 「信じたくない気持ちは分かる。……王宮に魔物が突然現れたことは、ウエストリバーの住民の不安を大きくするため、公表しないことになった。しかしながら……君には知る権利があると思ってね」  タノスの言っていることは、よく分からないことばかりだった。  そもそもなぜマイロンが命を狙われたのか不明だし、王宮に魔物が現れたのであれば、まず王宮の守備を頑強にするのが筋だ。兵力を街に分散させることを王族は嫌がるはずだ。 「からかっているのでしょう? 笑えませんよ」  俺はタノスに無理やりな笑みを返した。  タノスの痛ましい表情が、俺を不安にさせ、しだいに腹立たしく思えた。  ――その辛気(しんき)臭い顔をやめろってんだ。そんな馬鹿なことがあるわけないんだよ……。お前の言っていることは滅茶苦茶だ。仕事の邪魔だからさっさと去りやがれ。  俺は仕事のため、体勢を伏せて狙撃の準備をした。  タノスは連れて来たもう一人を置いて、階段を降りて行った。  右目で照準を定めていると、マイロンの姿が次から次に目の前に写った。  ウーラノスの眼の残像かと思ったが、左目にそれはなかった。  途方もない喪失感に、俺は胸を()きむしった。
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