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落日の街(3)
ギルドハウスの一階は空っ風が吹き込んで、閑散としていた。
階段を登り、三階へ向かう階段の前で足が止まる。
ギルドマスターの階層に上がるのは初めてだ。
階段の先に、『ギルドマスター執務室』の銘板がかけてあった。文字が金属板に彫り込まれ、重厚感があり、畏敬の念にとらわれる。
――いま、そんなことに怯んでいる場合じゃない。
俺は妙に空気が熱くなるのを感じながら階段を登った。と、ふいに、一階から地鳴りのような足音が聞こえる。
それはガイドルの足音に思えたが、少し歩き方が変わっていた。
重く、一歩一歩を強く踏み込んでいて、テリトリーに侵入されたベヒーモスを髣髴とさせた。
二階の廊下でその巨躯はすぐに見つかった。
「ハーズじゃねぇか⁉ どうしてここに来たんだ?」
「少し王宮内の話をギルドマスターに伺いたくて」
ガイドルの顔が湿ったように生気づいていて、いつもの様子と違っていた。
しかし俺は急いでいたので構わず続けた。
「王宮内でモンスターが現れたと聞いたのですが、何かご存じですか?」
ガイドルは下顎をずらして、ギリリと歯ぎしりさせると獣のような顔になる。
「あいつら……! 全然、この俺に情報を渡さねぇ……! ふざけるなぁああ!!」
片足を足の裏が見えるまで高く上げて、床に叩きつけた。
ドン!!
ギルドハウスが揺れたかと思うと、ガイドルの足首が床に埋まり、引き抜くと一階の床が見えた。
ガイドルは王宮のやつらに、業を煮やしているようだった。
目を丸くして突っ立っていると、ガイドルがふと我に返った。
「おぉ……すまん、すまん。ついカッとなってしまったな」
ガイドルを逆上させるとどうなるか、俺は心に深く刻み込んだ。
ガイドルは照れ笑いをしながら、粉砕した足元の木片を穴に集めている。まるでおもちゃを壊した子供みたいだ。
「……何にも情報が下りてこんのだよ。あれだけ、うちのメンバーを総動員させておきながら、さっき王宮に行ったら門は閉まっていて、衛兵から門前払いを受けた」
思い出しながら、また沸々と怒りが込み上げてきているようだった。
「わ、分かりました。その件について、どうしても私のほうで調査したくてですね……。しばらくは、ギルドを離れるかもしれません」
ガイドルは鋭い目で俺を見下ろした。俺の眼の動きを読み取り、何かを探っているようにも感じた。
「正直なところ、お前がいないと今後の作戦において、痛手になることは間違いない。……本日の掃討数の半分は、お前の狙撃によるものだ。
しかし、これらは根本的な解決ではないと思っている」
「私の調査が、根本的な解決に繋がるかは分かりません。これは多分に、私的な調査になりますので……」俺は正直に話した。
「……」
ガイドルはじっと俺を見たまま沈黙した。
妙なことに、息苦しさも、緊張感もなかった。ウエストリバーギルドの最高権威を前にしても、体は微動だにしなかった。
ただあるのは、真実を知りたいという強い意思だった。
「一匹狼になりたいんだな、分かった。ただし、ギルドはお前の自由行動の支援はせんぞ」
「……もちろんです」
「ひとつだけいいか。俺も指をくわえて、事態が解決することを待つわけじゃない。これからギルド協議会を開いて、近辺のギルドと連携するつもりだ。
実際に動き始めたら、お前を呼び戻す。その前までにやりたいことをやれ」
「期限は……」
「今日を含めて三日目まで、ぐらいだろう」
「分かりました」
俺はガイドルとすれ違って、一階に降りようとする。
「ハーズ、あまり無理をするんじゃねぇぞ」
冷たく落ち着いた声だった。ガイドルは部下に対する愛情表現が乏しい。その分、心底気遣っているのが分かった。
俺は振り向かず、手を上げて去った。
***
相変わらずの曇天で、気温は朝から上がらず、重苦しい空気が街を押しつぶしていた。
大鐘楼から見たとき、魔物が多かった地区を重点的に調べてみることにした。
といっても、魔物は広範囲にまばらなので、勘でしかない。
目的の場所は、馬小屋や豚などの家畜を飼っている人気のないところだった。
繁華街から離れた街の北部に位置しており、高い建物がないため単に狙撃ポイントから魔物が見えやすく、比較的多く見えただけかもしれない。
ウエストリバーを南北横断する地下水路が、ここでは地面に顔を出しており、家畜の飲み水に利用されている様だった。
人ひとり入れる水路で、石垣をよく見ると、まだ乾いていない泥の足跡が複数ついていた。ここから魔物が現れた可能性は高い。
ただ、まんべんなく魔物が街に現れる理由にはならなかった。魔物にそうする意思がない限り、水路を中心とした群れになるはずだ。魔物は家畜といった動物と同じで知性はない。
あるいは犬のように調教することもできるかもしれないが、多種多様で大量の魔物を訓練することは不可能に近い。
俺は水路に降りて、上流に向かうと、街道下に差し掛った。
身を屈めて入れるようなトンネルになっていて、深い暗闇が続いている。
水路は網の目状に街の地下を走っているので、むやみに潜行しても効率的でない。地図が欲しかった。
水路から上がると、いつの間にか日が傾いていた。厚い雲のせいで時間感覚がマヒしている。
俺はいったん自分の調査を打ち切って、エレナの家に急いで向かった。
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