落日の街(6)

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落日の街(6)

 降りるとそこは地下水路だった。  外気が流れ、苔の張った石畳の上に水たまりができている。  空気が多少きれいになったので安心した。  『ウーラノスの眼』で緑色に暗視されたトンネルの奥を眺めた。  このマジックアイテムがなければ、左右も分からない漆黒の暗闇に違いない。  驚異的な魔眼は、先にあるわずかな青の点を捉えた。  後に来た女の魔法灯だろう。  静かに後をつけると、やや広めの石造の部屋についた。  角に身を隠していると、パッと光が広がり、部屋を照らした。慌てて、もと来た通路の暗がりに身を潜めた。  先に入ったフードを被る人物が、女と何かを話し始める。  『ウーラノスの眼』が何かを語る口を鮮明に映し出す。 「……まだ、見つからないのか?」  フードを被った人物が声を荒げて、苛立(いらだ)っている様子だ。  女の前を歩いて、首を横にふると、さっとフードが落ちて顔が(あら)わになる。  王国衛兵隊長のタノスだった。  大鐘楼(だいしょうろう)で向き合ったときと顔つきが変わり、眉間に深い(しわ)を刻み、顔は青白く目は(うつ)ろだ。  頭に(たが)のような金属の輪っかをはめており、額にその冠の紋様である、いばらの紋章が光っていた。 「いえ、『ウーラノスの眼』は見つかりました」  聞き覚えのある女の声は、ニーサ・セアだった。 「それで、手に入れたんだろうな?」 「手に入れるには、まだ時間がかかります」 「……いい加減にしろ! 結局お前はハーズも殺せなかったではないか……! ウーラノスの心臓も手に入らなかった……お前は、決定的な所でしくじっている!」  詰め寄るタノスに(にら)まれたニーサは頭を下げた。 「申し訳ありません。しかし、その『ウーラノスの脳幹』があれば、三つ集まらずとも、いまクーデターを起こしても失敗の可能性は、ほぼないかと」  タノスは歯を見せて醜悪な顔で、ニーサを見下ろした。 「それは……お前が判断することではない……!」 「助祭様。すでに王族への民の信頼はありません。あれだけの魔石が集まれば、さらに大量の魔物を生み出して、一気に王宮を廃墟にできるでしょう」 「そんなことは分かっている」ニーサの微動だにしない態度に、タノスはマントを翻して顔をそらした。「そのあとの治世を考えると、民が王を裁く必要があるのだよ。それまで何度でも魔物は街を蹂躙(じゅりん)するだろう。そして切り札に、ウーラノスの三種の魔法具が必要になる」  俺が襲われたのは、ハネンの魔石欲しさも一つあるのだろう。  それだけではなく、俺がクーデターの邪魔になると、先手を打っていたのだ。フェリガの手先であるニーサに、命を狙われた理由が分かった。  しかし『ウーラノスの眼』の在処が分かったとは、どういうことだろうか? 眼は二つあったのか? 「……それを果たせば、私をフェリガ司教に会わせていただけますか……?」  ニーサはタノスの背中に向かって声を上げ、切実に訴えた。 「もちろん。このウエストリバーがフェリガの安定した拠点になれば、司教様にも来ていただく」  ニーサは無言のまま、膝をつくと片手で握りこぶしを作り、それをタノスが手のひらで包んだ。  どうやら、フェリガの儀式めいた服従の印のようだった。 「それで、『ウーラノスの眼』はどこに」 「あちらに」と、ニーサは俺を指さした。  !  急に魔法灯が下りてきて、周囲が明るくなる。  タノスも虚をつかれたようで、ニーサを(いぶか)しげに見やる。 「これはどういうことだ?」 「助祭様、いまこそが千載一遇のチャンスです。クーデターの障壁となるハーズと、『ウーラノスの眼』があそこに在ります」 「くっ!」タノスはニーサを捨て置いて、こちらに集中した。  タノスの頭のリングが白く光り、『ウーラノスの脳幹』の力を使っているようだ。  ハッとして、俺は振り返り地下通路をみると、すでにそこには巨大な白蛇が口を開けていた。  ハグッッ!!  俺は部屋に転がり込み、人ひとりを一瞬で飲み込みそうな口が通路手前で閉じる。  通路に音もなく侵入してきたのは、巨大なヨルムンガンドだった。  ミチミチと地下道一杯に、鱗が擦れ合い、蠕動(ぜんどう)させて体を部屋に押し流す。  ヨルムンガンドは途轍(とてつ)もないスピードで食いつくと、俺は風の魔法で体を浮かせて、ぎりぎりで(かわ)す。  チョコレート色のコートの裾が、鋭利なヨルムンガンドの牙に引き裂かれた。  俺は水分の多い空中で氷柱を作り出すと、風の魔法で勢いよく発射させた。  パン!  と、情けなくも乾いた音だけが響き、ヨルムンガンドは一切(ひる)むことなく、空中の俺に牙をかける。  スピードの上がったヨルムンガンドの頭をよけた瞬間、横から白い塊が飛んできて、強烈な力に跳ね飛ばされると、壁に叩きつけられた。  水溜まりに落ちて顔を上げる。  ヨルムンガンドの尻尾の先端が、天井まで上がりうねっている。どうやら尻尾で払い打ちされたようだった。  ――強い。以前退治したヨルムンガンドの比ではなかった。  俊敏さと頑強さが異常だ。  タノスは俺が地面に這いつくばる様子をみて、不敵に笑う。  俺は今までの経験を以て、立ちはだかる白い大蛇の攻略法を考え始めた瞬間、ニーサが立ち上がり、何か機敏な動作をした。 「な……っ」  湿り気のある石床に、カラリと乾いた音がのる。  タノスの額に縦一直線の赤い線が描かれていた。  『ウーラノスの脳幹』が真っ二つに割れて、タノスの足元に落ちた。  タノスの額から赤い血が流れて、鼻筋を通り、地面に滴り落ちた。 「な、なにをするんだ……! ニーサ!!」  タノスは事の重大さに気付くと、怒りを膨らませた。ニーサの方を見る頃には、すでにタノスの元をニーサは離れていた。  ふと、タノスは我に返る。  目の前にはヨルムンガンドの二又のヘビ舌があった。  ハグッッ!!  ヨルムンガンドの滑らかな白顎(しろあご)に、タノスの体は幕された。  ヨルムンガンドは上を向いて、タノスを丸呑みする。  奇声を上げながら、タノスはヨルムンガンドの喉を通っていく。暴れた手の形が、地面を這う胴体に小さく山を作った。 「あとは、こいつを倒せば、めでたしめでたし、じゃないかしら?」  いつの間にかニーサが俺の横で、妖しく笑った。 「……さて、どうだろうな。あんたには、色々聞かなくちゃいけないことがある」  ニーサはショートボウを背中から取り出すと、一瞬で矢を放った。横髪が長いまつげにかかって乱れる。  矢じりは鱗に刺さったが、ヨルムンガンドは意に介さず、こちらに向かってきた。 「あら……。あなたの玉より頑丈そうね」 「下品な女は嫌いだな……」  俺は風の魔法で空中に浮かぶと、ヨルムンガンドが反応して三角頭を(かし)げながらこちらを狙う。  俺の体中から魔力が底知れず溢れていた。  この大局の前に、休息が取れたことは大きかった。そして改良された『ウーラノスの眼』は、ヨルムンガンドの俊敏な動きを三度記録して、完全に把握できるほどの動体視力を享受していた。  俺は飛び掛かってくるヨルムンガンドの口へ突入した。  一瞬の間に、猛毒のある牙をかいくぐり、喉の奥深くに入りこむ。風を薄く纏い、消化性の液体に触れないようにした。  ヨルムンガンドの胃液はあまりに危険と考え、喉付近で魔力を開放し、全力で風の魔法を唱えた。  竜巻が肉壁を遠ざけ、自分の体の二倍、三倍と空間が拡大する。  ――ここで爆発的にすべてを出し切らなければ、後はない……!! 「ぐあぁぁっっ!!」俺は叫び声をあげて、全力を出し切った。  頭の隅が傷み、灼けつく。  体の末端まで電撃が走り続けた。  『ウーラノスの眼』が魔力に反応して、小刻みに振動する。  限界を超えて風圧を高めると、ヨルムンガンドの肉の裂ける音が聞こえた。  そして、大量の血液が辺りに飛び散ると、外の魔法灯が見えた。  巨大なヘビの頭が部屋に落ち、口を開いたまま息絶えていた。  長い体の断片から、どろりと消化中の食べ物が出てくると、タノスだった塊が横たわる。  俺は風でタノスを持ち上げると、近くにある水路に漬けて、消化液を洗い流した。  真っ赤に爛れた顔に、もはやタノスの面影はなかった。(かろ)うじて息はしているようで、これからの尋問に支障はなさそうだ。  そしてニーサの姿を探すが、すでにどこかへ行方をくらませていた。
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