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第4話 失踪(2)
夕日は落ちて、辺りも暗くなり、俺は室内の魔法灯を点ける。
「ただいま~」
爪楊枝を口にさしたエレナが、ぬるま湯に浸かったような顔で部屋に入ってきた。
「エレナ、こちらはリリー・バンドックさんだ。弟のフィンさんがパーティー内の仲間割れで失踪中らしい」
「あ、クラックですね」
俺は眉間に皺を寄せ、エレナを睨んだ。
へいへいと手を広げると、おどけながら俺のデスクに座って聴聞書をとる。
『クラック』は保安所で言うところの内輪もめを意味する。ギルド保安でナンバーワンのよくある依頼だ。
ナンバーワンになるのには理由がある。ギルドメンバーはほとんどが元冒険者で、もともと一匹狼だった奴らが、力をあわせて難関なクエストに挑むわけだ。そこでよくある仲間割れ。
互いの主義主張のぶつかり合い、もしくは報酬の不平不満。そうして最悪は殺し合いになる。こういった事件はギルド治安維持の観点で俺の仕事の範疇だ。
誰がどういったことで悪事に手を染めたか調べ上げ、相応の罰を与えなければいけない。裁判所に引っ立てるのが御の字だが、従わない場合は強硬手段を選ぶこともある。正当防衛の状況証拠と裏付けがあれば、殺害することだってある。
しかしながら、一般人の前で隠語を使うのはいただけない。
最近エレナの勤務態度も悪いし、あとでガツンと注意するか……。
「あの、フィンはもう百日近く帰ってきていないと思うんです。身内は弟だけで、父と母も早くに亡くなったものですから」リリーは上体を前のめりにして、俺を見上げた。「唯一の家族なんです! きっとどこかにいるって分かるんです! どうか探していただけないでしょうか……!」
はやる気持ちを落ち着かせるためにも、俺は静かに頷いて、エレナにフィンが加入していたパーティー『レジット』のクエストを調べるように指示した。
リリーはそれに幾分安堵したのか、ティーカップを持ち上げて紅茶を一口含んだ。
「そ、それは……」
俺は彼女の上げた右手薬指をさした。
見慣れた銀色の指輪をしていた。『二又のヒドラ』だった。
「これですか? ……えっと、恋人からもらったものですけど……?」
見つめ返すリリーは、戸惑いながら答えた。
恋人同士が同じ指に装着することで、互いの位置がわかるマジックアイテムだ。
マイロンとの思い出が鮮明にフラッシュバックして、せっかく修復した傷跡を二首の獰猛なヒドラが抉りだす。
――あれは、大道芸の旅団が催した夏の祭り。
マロンちゃんと一緒に買った二又のヒドラを、青白い魔法灯の下で着けあった。
真っ白な右手の薬指に輝く、銀色のヒドラ。二つ頭の爬虫類が、初心で無垢なマロンちゃんを汚すかのように指を締めつけている。
俺の独占欲を満たし、あの祭りからずっと優越感に浸りながら生きてきた。
でも……。もう……マロンちゃんは……別のヒドラの元へ……。
パチーン!
乾いた木材の割れる音が保安室いっぱいに広がる。目を開けると、俺はエレナから平手打ちを喰らっていた。
「おふぅ」あやうく左目が飛び出るところだった。
「ハーズさん。勤務中で依頼人の前ですよ。しっかりしてください」
「了解した……っ」
俺はまた渋い顔にもどるが、左頬が痙攣していたのでリリーにどう見えたか分からない。
「とりあえず、依頼は承りました。調査は始めますが、フィンさんが失踪して長い期間が経っていますので……。受付のエレナに連絡先を伝えておいてください。何か分かれば連絡します」
リリーは目を丸くしたまま急いで聴聞書に連絡先を書いた後、機敏な動作で保安室を去っていった。
ああ、首が痛い。今日は厄日だ。
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