第6話 失踪(4)

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第6話 失踪(4)

 (ひげ)男は住宅街を抜ける。  レンガの道は石くれが目立つ農道になっていく。  農地をコの字に囲うように労働者の家があり、倉庫と住居がだんだん見分けがつかなくなっていった。  ここまでくると、警吏(けいり)の巡回路から外れて治安が急速に悪くなるのだ。  影が町はずれの倉庫に消えると、距離をとっていた分、走って倉庫に近づいた。  耳を澄ますと、中には動物の息遣(いきづか)いと、男女の話し声が聞こえる。  ――なるほど、そういうことか。    俺は倉庫正面の(かんぬき)を外し、大きな扉を堂々と開けた。  中はランプが灯り、男女と髭男がびっくりした様子でこちらを見ていた。  ――やれやれ、とんだ依頼主だ。今日はやっぱり厄日(やくび)だね。 ***  早朝、俺は保安室に寄った後、リリーが昨日書き残した連絡先の住所を訪れた。  場所はギルドハウスとカリトメノス通りのちょうど中間にあった。  彼女の住居は一階が生活雑貨店で、二階の一室にあった。  朝ということもあり、通りは随分うらぶれていた。カラスが仄暗(ほのぐら)い通りの残飯にありついて、狂ったように鳴いている。  (きし)む木造の階段を上がり、部屋の扉を叩いた。  何の反応もなかった。  ことの顛末(てんまつ)を知っている俺は強気だ。普段なら絶対にしないが、ちょっとした怒りがあった。  しつこく何度も叩くと、やがて部屋の奥で人の気配を感じた。   「はい? なんですか……?」  戸が小さく開くと、髪が波打って昨日よりも老け込んだリリーがいた。  しかし大きな目を丸くして、相変わらず美人の片鱗(へんりん)が見える。  どうやら、俺がここを訪ねてくることを予期していなかったようだ。  ――。  言葉を失ったリリーはそう思ったに違いなかった。 「朝早くにすみません。フィンさんの居場所が分かりましてね。ちょっとお邪魔しますよ」  開いたドアの隙間に足を入れて、俺は半ば強引に玄関に入った。  部屋は簡素な作りで、低ランクのギルドメンバーや学生が借りそうな物件だ。  リリーの服装は、ギルド保安室を訪れた際の気品漂うワンピースドレスと違って、男が着るような白いシャツを一枚しか着ていなかった。 「それで、弟はどこに……」小さな玄関をあがる前に、リリーは俺の袖口をつかんだ。奥の部屋からわずかに朝の光が射しこみ、反射したリリーの瞳は鋭かった。 「いいでしょう。私も早く終わらせたい」  俺は左目を涙袋から上に押し上げる。  ぐるりと目が眼孔の中で回転して、押し上げた手のひらに落ちた。  リリーは小さな叫び声をあげて、袖口の手を離すと口を押えた。 「これはマジックアイテムですよ。私の左目は、風景をそのまま焼き付けて、投影することができるんです」  巧妙(こうみょう)に作られた瞳孔(どうこう)を上にして手のひらに乗せると、空中に映像が浮かび上がる。ぼんやりと映し出された霧のような絵は、ゆっくりとピントが合うと、ある男の顔が写し出された。  リリーの弟、フィンだった。
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