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化粧品会社に入社したことが間違いだった。ちゃんと面接の時に言っておけばよかった。メイクはファンデーションしかできませんと。
鏡なしでは塗りムラができないようにファンデーションを塗ることが精一杯だ。
細かなアイラインや色の度合いが分からないアイシャドウなんて自分ではできない。
メイクができない私は辞めさせられるのだろうか。
「仕方ない。俺が毎日メイクしてやる」
「え?」
「ただし、極秘にだ。毎朝俺の家に来ること」
「そんなご迷惑おかけできません」
「社内規定には清潔に保つこととしか書かれていない。そこから考えるとメイクは過剰な要求とも捉えられる。だが、俺が教育係になった以上はこのくらいのクオリティーは維持してもらいたい」
課長は床に膝をつき、目線を合わせてくる。
「つまりこの要求は俺の我がままだ。もし成田さんがこれをハラスメントだと感じるなら強要はしない。今日していたファンデーションだけで十分だ」
どうすると私に問うように私の眼鏡を手渡した。
ファンデーションだけで十分なら課長の要求を受ける必要はない。
だが、私はこれから課長と共に色々な会社を回るのだろう。そして課長は社長の孫であり、副社長の息子。一般社員が言われる会社の顔の意味とは大きく異なる。
私は眼鏡をかけ、課長を見つめた。
「課長のお手間でなければお願いできますか?」
必要ないのに期待に添いたいと思うのは私に寄り添ってくれるからだろうか。
「俺の我がままなんだ。手間なわけないだろう」
ぽんと頭に乗せられた大きな手は優しく温かなものだった。
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