35人が本棚に入れています
本棚に追加
翌朝、寝不足の気怠さが抜けないままでキッチンへ行くと、珍しく姉が料理をしていた。
香ばしいトースト、半熟のハムエッグ、具材の少ない野菜スープ。それは卓上に二つずつ置かれており、僕は思わず疑問を口にした。
「父さんと母さんは?」
返事なんか貰えないと思っていた。けれども姉は朧めきながら笑い、
「旅行に行くって聞いてない?」
と返してきた。必要事項だろうに、教えてくれなかったのはどこのどいつだ。
「ねえ」
驚いた。姉は会話を続けるらしい。
「なに」
やや淡泊になってしまう自分に照れて目を逸らす。
「仲直りしよっか。もう私、大丈夫だから。彼と別れることに決めたから」
エッと思い、僕は姉の目を見つめた。
「どうして」
言うと、何が可笑しいのか、くすくす笑い出す。
「何だろうね。夢の中でそんな気になった」
その言葉に、確かな意志を感じた。そうだよ、あんな奴……と言おうとする僕を制し、姉は静穏な口調で言った。
「優しい泥棒さんが、心配しているみたいだから」
どうやら、僕の魔法は今、結実したようだ──。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!