恋に似た魔法

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 秋の半ば、姉は二十三の誕生日を迎える。あの彼氏が心からそれを祝うとは考えられない。(むし)ろ、姉の恋を終わらせる何かが走るはずだと期待している。何故そう言えるのか。僕は先日、あいつがパパと呼ばれ、子どもに(おも)(ちゃ)をせがまれているところを見た。すでに家庭があるくせに、姉を弄ぶ()(ろう)な根性が許せなかった。  寝息が月光に馴染み、すぅっと穏やかに枕に沈んでいった。僕はもう一度、今度は姉の頬にキスを落とし、声を消した声で「良い夢を」と囁いた。姉は「ありがとう」とでも言わんばかりに顔をタオルケットに(うず)め、さらに深い眠りに入っていく。  僕はしばらく月を見ていた。白い輪郭を(ふち)()るように、鈴虫の放つ音符が踊るさまを。  初めて僕があの彼氏と口論した日、姉は泣きながら僕の頬を叩いた。そしてあいつに何か言われたのだろう、それきり姉は口をきいてくれなくなった。必要事項すら話してくれない。僕のいる場所を避け、仕事以外は部屋に閉じこもることが多くなった。  あんな奴のために、大切に想う姉を奪われた恨みがある。だからと言って、僕は漫画みたいに姉を手に入れたいわけじゃない。性的な欲は何もない。ただ寝ているあいだに忍び込み、そっとキスをするだけ。これは僕が仲直りを切に願い、心よ届けと念じる(まじな)いのようなものだ。夢幻的な言い方をするなら魔法とも言える。純粋に、支え合える姉弟となりたい。その一念にて、毎夜この儀式を繰り返しているのだ。
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