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「俺の部屋に浪くんの本が増えていくんだけど……。詩乃が悪いね」
そう言って、僕の本を抱え、穴吹先輩はときどき部屋にやってきた。
「いや、読み終わってるんで」
扉を開いて、どうぞ、と部屋に招き入れる。
「俺は本なんて読まないけどさ、詩乃は盗んでまで読むんだよね。意外だよ」
「そうですね」
「……意外といやぁ……」
「なんですか」
「浪くん、もしかして、俺と同じ高校?」
跳ねたのは僕の心臓で、それを悟られないように、
「えー、そうなんですか?」
と、疑問で返した。
「……うん、どうやらそうだったみたい。部活はテニスだった? 同級生に聞いたら、そうじゃないかなって」
「偶然ですね、気づきませんでした」
脈を打つ心臓に合わせて、声が上擦らないように。努めて平静に。
「ほんと、すごい偶然。って、あ」
本棚に入れ終わった先輩は、横の水槽に目を移した。
「メダカ飼ってるんだ。俺も小さい頃、飼ってた。餌やりすぎて、ぶくぶく太っちゃったんだけど、また飼いたいな、水槽のフィルターとか管理大変?」
「いや、簡単ですよ。……今、マツモとかホテイ草とか入れて、数を増やしてる途中で」
「いいなぁ。……じゃあ、てきとうに増えたら、俺にもくれない? ほら小さな金魚鉢でそよそよ泳ぐの見ると癒されるよ。健気な生き物って感じで」
「ですね。……繁殖が成功したら差し上げますね」
「サンキュー。なんか、詩乃のこともそうだけど、浪くんに頼っちゃって悪いね」
「いや、いいですよ。僕もメダカ好きが増えるのは嬉しいです」
「……浪くん良い子だね。それに寝ぐせ、可愛いー。……朝早くに来てごめんね。詩乃が寝てるときに本を持ってこないと、あいつに気づかれちゃうからさ。夜はバイトで」
「あー、いつ来てくれても、大丈夫ですよ」
それより、何より、先輩がこの部屋に来てくれることが一番嬉しいです。
これは口にできないけれど、僕が一番思っていることだ。先輩を見送って、洗面所に立つと、髪たちは思い思いの好き勝手な方向に。男も恋愛対象に入るのだろうか。ノズルを捻り、頭を流す。
先輩が僕を可愛いと言ってくれた言葉を反芻して、寝ぐせとざわつく心音を鎮めた。
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