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最近、刺激がないんだよね、と本を読んでいる途中に、詩乃は言った。
「刺激って?」
「先輩を待ってるこの時間は嫌いじゃないんだけど……、なんか」
開いた本はそのままに彼女を見やる。困ったように笑って、髪を耳にかけた。
「穴吹先輩ってモテるでしょ? だから、好きになって貰えるように頑張ったんだ。彼女が居るって知ってたけど、お弁当を作って持って行ったり、先輩の好きな映画や音楽を見たり聴いたりして趣味を合わせようと思って。でもさ、なんか今、倦怠期っていうか。先輩、男の人も恋愛対象らしいし……なんか、自信なくて、さ」
男も恋愛対象と聴いて、汗が噴き出す。
コポコポコポコポと水槽の濾過フィルターを水が巡る。うっすらと窓から入ってきたのは、どこかの夕食の匂いで、僕たちはさっきまでコンビニで買った肉まんを食べていた。
「……贅沢、なんじゃないの」
メダカ達は水槽で自由に動き回っている。先輩と約束した稚魚たちはもう準備ができていて、水槽の横の小さな金魚鉢でちまちまとマツモに隠れている。
「そうかな。……だから、手癖が悪いって言われるのかなぁ」
詩乃は探るように僕を見た。
本を盗ることを指摘しない僕を訝しんでいるのか、それとも、僕が穴吹先輩に抱いている想いに気づいているのか。
「わたし、ひとの持ってるものが魅力的に見えるんだよね」
見据えられたのは僕が持っている本だった。
「……この本読みたいんだったら、ほら、貸すよ」
「本じゃない。……浪は彼女いないの?」
「彼女はいない」
「彼女“は”? 好きなひとがいるってこと?」
「……いやなトコを突くなぁ」
僕が苦笑いを浮かべると、詩乃はごろんと畳に寝そべった。腕に頭を乗せて、うーん、と言葉をつなぐ。
「……浪って謎。大体は、詩乃を彼女にしたいとか言ってくるんだけど。わたし、浪のこともけっこう好きかも」
「うーん、詩乃のことは彼女にできないなぁ」
「なんでよぉ?」
両腕を立てて、谷間が見えるように寄ってきた彼女に、うんざりする。どうして先輩はこんな子を選んだのだろう。
「先輩と話し合った方がいいんじゃない?」
「浪とキスしてたら、嫉妬してくれるかな」
「そーゆーの、勘弁して」
僕は詩乃の肩を押すと、ふいに扉が開く音がした。まだ先輩が帰ってくるには早い時間で、しかも、先輩はバイト終わりにはすぐにシャワーを浴びるから僕の部屋にはまず来ない。
「今日、早めに上がれてさ、あんまり揚げ物も出なかったから直でーーー、って、え?」
詩乃は僕に覆いかぶさっていて、どう見ても、浮気現場にしか見えない。
「いや、先輩、これはーーー」
狼狽えながら詩乃から距離を取る。穴吹先輩は僕より、詩乃を見ていた。
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