君と恋を奏でられたら

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 ある日の朝。陸はテニス部の練習に向かう。すると、上の階から美しいトランペットの音色が聴こえてきた。  陸はなんとなく、どんな人が吹いているのか気になって階段を上がり四階へ向かった。普段は来ない部活動のための階のため、少しだけ緊張した。  「あれ?廊下じゃないのか」  陸はさらに屋上へと続く階段を上がった。そこには、朝日にあたりキラキラと光るトランペットを持った綾菜がいた。陸は普段は明るい綾菜だが、彼女の奏でるトランペットの音があまりにも切なくて陸の胸は少し締め付けられた。  陸は綾菜の演奏が終わると、思わず拍手をした。  「村林くん!?え、いつからいたの?」  「今さっきだよ」  「聴いてたの?恥ずかしい〜」  「すごく上手だった。そこ、王子が死ぬシーン?」  「…え?」  「その曲『王子と花の舞曲』だろ?」  「え、うん。そうだけど。どうして知ってるの?吹奏楽部でもないのに」  「この映画が好きでさ」  「確かに同じタイトルの映画はあるし、うちも昔観たけど、その中でこの曲は使われてなかったよ?」  「そう、そうなんだよな。ぴったりの曲なのに。特にラストのシーンなんて最高に合うと思わない?」  「わぁ。もしかして、よっぽどの映画好き?結構この作品知らない人多いのに、感動」 「うん。映画はよく観るよ。この曲も映画のこと調べてる時に見つけたからね」  「うちもかなりの映画好きだけどそこまでした事ないや。そんな人っているんだ…」  「そんなに驚くことじゃないでしょ」  「驚くよ!」  「まぁ、正直言うとどこの場面かは知らなかったけど、綾菜の音を聴いてたらその光景が浮かんできた」  「そっか、なんか嬉しい…」  綾菜はそう言い照れくさそうに笑った。学校のマドンナとは前々から言われていたが、最近は性格も柔らかくなりさらに人気が上がっている。この笑顔を見れば他の男子達はすぐ惚れてしまうだろうなと陸は思った。  「勝手に演奏聴いて引かれたらどうしようかと思ってたから、良かった。じゃ、僕部活の練習あるから。またね」  陸はそう言い、綾菜に手を振った。  綾菜は陸が行ってしまった階段をしばらく見つめていた。  「わざわざ何しに来たんだろう…」  綾菜は小さくそう言い、拳をぐっと握りしめた。 ーーーーこの日の帰り、綾菜は友人と別れると陸のことを思い出した。  なんで、村林くんは四階に上がってきたのだろうか。綾菜はその疑問を解消できてはいなかった。  「もしかして、うちに会いに…?」  ううん。そんなわけない。陸は月麦一筋だもん。  それに、うちは、もう恋をしないって決めたんだから。  綾菜はふと昔のことを思い出した。 ーーーー  綾菜は小さい時からお人形遊びが好きだった。お人形さんみたいになりたくて、洋服とか髪型とか小さい時から気にしていた。「可愛い」と言われているのは、そのおかげだと思っていた。周りの人たちは自分の洋服のセンスや髪のアレンジを褒めてくれているのだと思っていた。ただ、本当はそうではないと綾菜が気付いたのは中学校に入ってからだった。  「綾菜ちゃんって本当かわいいよね」  「あ、このカチューシャのこと?」  「違うよ、顔がかわいい」  …顔?  綾菜は自分の顔をそんな風に思ったことがなかった。そもそも、綾菜は顔がかっこいいとか顔がかわいいというのをあまり理解していなかった。人の顔は認識出来るし、整った顔だと言われる条件もなんとなくはわかっていたが、誰かの顔を見てかっこいい、可愛いと思ったことがなかったのだ。だから、自分が可愛いと言われてもあまりパッとしなかった。  「私が可愛い…?」  「うん!すごく!目も大きいし、肌も白いし!もちろん、私服とかもお洒落だけどそれだけじゃこうはなれないよ。本当に」  「すごく可愛い」  綾菜はこの日、「可愛い」が自分にとっては褒め言葉にならない事を知った。人形みたいに綺麗な服を着たから、素敵な髪型をしたからみんなが褒めてくれたのだと思っていたのに。決してそんなんじゃなかった。この日以降、綾菜に向けられる「可愛い」は綾菜の心に突き刺さって抜けることはなかった。  可愛いって何?みんなは私の何を見て可愛いって言ってるの?もちろん、生まれ持ったものを褒められるのは嬉しいと感じるべきなんだと思う。でも、自分では認識出来ない長所を褒められても嬉しくなんてなかった。  そんな事を誰かに相談したら嫌われる事を綾菜は知っていた。  可愛い格好はしたい。可愛い髪型もしたい。  だけど、可愛いと言う言葉がそこに向かないのが綾菜は苦しかった。  もう、可愛いと言われたくない。どうせその言葉の矛先は自分の顔なんだから。顔じゃなくて、私自身を見てほしい。私が努力して手に入れた部分を見て欲しい。だから、顔が可愛いことにみんなの目が行かないように、自分のことをうちと呼んでみたり、髪を短く切ってみたりいろんな事をした。人にも気さくに話しかけるようにした。人にも優しくした。  なのに、綾菜は高校に入学すると、いつの間にか学校のマドンナになっていた。  それから、綾菜は変わってしまった。  いたくもないポジションなのに、それを言ったら恨まれるから。妬まれるから。綾菜は周りに合わせるようになった。綾菜の周りの人達がたまたま人を見下すタイプの人間ばかりだったから、だんだんと自分が前とは違う汚い自分になっていくのに心のどこかで気付いていた。でも、それは中身の話で、みんなが見ている外見じゃない。なら、問題なんて何もないじゃん。綾菜はいつの間にか自分の中にあった優しさを捨てて、可愛さだけで自分を作り上げていた。  みんなが見たいのは可愛いうちの姿でしょ?学校での立ち位置が高くて、でも遠い存在過ぎないそんな人間でしょ?  メイクを覚えて、ニコニコ振る舞って、周りに会話を合わせる。確かに性格は変わったけど、可愛いを褒め言葉だと思ってしまえば人生は少し楽になった。    なのに、好きになった人はみんな「可愛すぎて俺とは釣り合わない!」「可愛いから横並びたくない…」とかそんな言葉を残していった。せめて、性格が嫌いとでも言ってくれれば良かったのに、みんなの目にはうちの中身は映ってないみたい。それが余計にしんどかった。そして、綾菜は可愛いという言葉をまた、少しずつ嫌いになっていった。  そんな中、風汰だけはなにかが違う気がした。この人なら、自分の中身を見てくれるかもしれない。そう思ったのに結局は結ばれなかった。 ーーーー  「また、こんな事考えてる…」  綾菜は思わず首を振った。うちは可愛いだけじゃなくて、性格も良い人に戻ると決めたのだ。中身を見てくれる人はちゃんと探せばいるのだから。  でも、  「もう、恋は出来ないな…」  告白に期待通りの返事を返されたことのない綾菜は、もう告白することも、恋をすることも怖くて仕方なかった。
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