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「金田小五郎。もう逃げられんぞ」
炎はフェアレディZの窓から身を乗り出した。炎ヤマトの改造フェアレディZにはアクセルから足を離しても一定の速度を保てるよう自動速度制御システムが組み込んである。ただしこれは速度を一定に保つだけのシステムであるから、ハンドルから両手を離す手離し運転は危険である。一歩間違うと「やっちゃえオッサン」では済まなくなるが故に心してかからねばならぬ。
炎ヤマトは窓から身を乗り出してショットガンを構えた。無論、危険を承知で炎の両手はハンドルから大胆に離れている。
先台をガチャガチャと前後に素早く動かしながら、逃走車をめがけて弾倉が空になるまで撃ちまくった。
逃走車は横転し、独楽のように回転しながら、道路を封鎖していたパトカー軍団に激突して激しく爆発炎上した。
炎師団長と団員たちは、炎上する逃走車に駆け寄った。
「師団長!」
どこからともなく若手刑事の館が現れた。さすがだ。逃走車の屋根から振り落とされていながら、サングラスが割れたほかには掠り傷ひとつない。
「おう、館。無事だったか」
炎は館刑事の背中を力強く叩いた。
「たいしたことはありません」
「あとでビフテキ奢ってやるぞ」
ビフテキ奢ってやる――昭和の男にとってこれ以上のねぎらいの言葉はあるまい。俺もおまえも昭和の男同士だ。つまらぬ言葉をくどくど並べ立てなくとも、身体の奥底から沸き上がる熱い気持ちは千パーセント通じあえる。
「師団長、ありがとうございます!」
館の割れたサングラスの奥で、爽やかな眼差しが煌めいていた。
真っ黒焦げになった泥棒の金田小五郎が引っくり返った逃走車から這い出して、そのふてぶてしい姿を団員たちの前に現した。団員たちが寄って集って金田小五郎をこれでもかこれでもかと全力でぶん殴った。
「やめろ!」
炎ヤマトが制止すると、団員たちは手を止めた。団員たちは皆、肩で息をしている。
炎は前に進み出ながらショットガンを館に手渡した。それから泥棒の金田と対峙した。
「金田……」
「あんたが噂の師団長さんかい」
金田小五郎は煤だらけとなった手の甲で腫れた唇を拭った。
「危なく殺されるとこだったぜ。制止してくれてありがとよ」
金田小五郎は両手を前に差し出した。
炎ヤマトのサングラスの奥の両眼が、正義の怒りに燃えて、鋭い光を放った。
炎ヤマトは金田小五郎に強烈な拳骨を見舞い、その真っ黒い煤だらけの腕を捻り上げた。手錠を叩き込んだ。手錠の銀色が眩しい七色の光を放った。
「金田小五郎。トイレットペーパー窃盗の容疑で逮捕する」
昭和県では昭和九十七年の今でもオイルショックが継続中なのだ。
「今度は上手く盗んでやる」
金田小五郎はモジャモジャに縮れた髪を振り乱しながら、恨めしい眼差しを伏せた。
夕陽が西の空に沈もうとしている。昭和警察――炎軍団の団員たちは一列横隊で往来を歩きながら、昭和警察のエンディングテーマを声高に歌い上げるのだった。
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