プロローグ ~予想通りの婚約破棄宣言~

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「勘違いですって? リナさんも同意見だと思いますよ。リナさん、そうでしょう?」 「えっ、わ、私は……」  アデラインと視線が合ったリナは、胸に手を当てて視線を左右に揺らした。 「くっ、これだから君のことが嫌いなんだ。いつも俺を見下したような目で、生意気なことばかり言ってくれる。リナのことが無ければ、君と顔を合わせなければならないこんな場など用意しなかった! もう限界だ!」    握り締めていた手を開き、足を踏み鳴らしたヒュバードは勢いよくアデラインを指差す。 「アデライン・ベリサリオ! この場をもって、俺は君との婚約を破棄させてもらう!」  庭園中にヒュバードの大声が響き渡り、お茶の準備をしていた使用人達の動きが止まる。  椅子に座る前に婚約破棄を宣言されてしまい、ヒュバードを挑発した自覚のあるアデラインも僅かに眉を顰めた。 「婚約破棄、ですか」 「不服があると言うのなら、理由を教えてやろうか?」  勝ち誇った表情のヒュバードへ向けて溜息を吐きたくなるが、表情筋に力を入れてどうにか唇を動かしたアデラインは笑みを作った。 「いえ、不服などありません。殿下がお決めになったのならば、わたくしは受け入れましょう。ですが、理由だけは教えていただけますか?」 「いいだろう。リナ」 「はいっ」  隣に座る辺境伯子息と手を繋いで立ち上がったリナは、フリルと真珠で装飾されたピンク色のドレスの裾を揺らして、ヒュバードの横へやって来る。 「渡り人のリナは、我が国に平和をもたらしてくれる聖女。リナのことが気に入らないと、他の者達を操って嫌がらせを繰り返したと聞いている。持ち物を隠し、泥水を掛けて服を汚し、集団で取り囲み罵倒したらしいな。何て酷い女だ! 俺はリオンと出逢い、真実の愛とは何か知ったのだ。高慢で立場を利用し好き勝手をしている君とは違う、純粋無垢で聖女になりうる才能を持つリオンこそ俺の婚約者に相応しい!」 「ヒュバード様」  頬を赤く染めたリナは、うっとりとした表情で腰を抱くヒュバードを見上げた。  今年度から貴族子息子女、富裕層の平民が通う王立学園へ入学した一学年下のリナ・キムラは、異世界からの渡り人として辺境伯に保護され、生徒会役員のアデラインも彼女の存在は気にかけていた。  貴族子女とは違い天真爛漫な振る舞いをする彼女は、入学してから一年にも満たない期間で多くの貴族令息や、貴族子女へ反発心を持つ平民女子の心を虜にしていった。  そして遂には、王太子ヒュバードの心をも虜にしたのだった。 「リナさんのことが気に入らないも何も、わたくし達の婚約は殿下が王太子に選ばれるため、政略上必要で決められたものです。殿下の隣に立つ方は、言動に気を付けていただきたいと思い注意しただけです。ですが、殿下は国益とご自身の評価を下げてでも、真実の愛を選ばれるのですね。真実の愛で結ばれたお二人ならば、どんな苦難も乗り越えられますね。愛する方と結ばれて、本当におめでとうございます」  両手を合わせて祝福したアデラインは、にっこりと満面の笑みを作る。 「……何だと?」 「殿下が婚約破棄を望まれるのでしたら従いましょう。というか、破棄して下さってありがとうございます。わたくしも視野が狭く自己中心的で、実力以上に自尊心だけは高い貴方の手伝いはもうやりたくなかったので、婚約者ではなくなるのは心の底から嬉しいです。国王陛下には、殿下の学園でのご様子を伝えてあります。予定を切り上げて帰国されるそうです。成績不振と浪費について、陛下への言い訳を頑張って考えてくださいね」  婚約者でもない相手に気を遣う気など無いと、辛辣な本音を言い放ったアデラインに対して、勝ち誇った表情から口を開けて唖然としていたヒュバードの顔色は、一気に赤くなっていった。 「視野が狭く、自己中心的で……婚約破棄が嬉しいだと!?」 「きゃっ」  耳元で叫ばれたリナは肩を揺らしてヒュバードを見上げた。 (はぁー、俺様で短気な王太子殿下。少し挑発しただけでこれでは愛しのリナさんが怯えているわよ。しかし、予想通りの反応をしてくれるわね。今度は、貴方達の計画通りの展開にさせてやるもんですか!)  今日、ヒュバードから婚約破棄宣言をされるのは分かっていた。  処刑数時間前という崖っぷちで前世の記憶が蘇ったあの時以来、アデラインはありとあらゆる手を使って破滅フラグを叩き折る準備をしていたのだから、今さら婚約破棄宣言など怖くはない。 (王太子なんかよりも怖いのは……側に控えているのだから) 「アデライン」  背後から聞こえた低音の男性の声に、苛立ちが混じっているのを感じ取ったアデラインの背中に冷たいものが走り抜けて行き、肌が粟立っていく。 「そろそろお終いにしろ。阿呆共と話すのは時間の無駄だ」  隣へ移動した黒髪の青年の指が、扇を持つアデラインの手を掠めていく。  それだけで緊張で強張っていた体がほぐれていく気がした 「そうね。真実の愛を貫いていただくためにも、こんな茶番は早く終わらせましょう。強制力も、自分勝手なハッピーエンドなんて無いと、教えてあげなければならないわ」  作り笑顔でない笑みを浮かべ、アデラインはゆっくりと周囲を見渡した。
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