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「お前、何が可笑しい?」
怪訝そうに眉をひそめたヒューバードには答えず、ディオンはアデラインの肩に手を置く。
「他の生徒達が距離を置いているのはアンタが原因だろう? はっ、惨めだと? 俺がアデラインに擦り寄っているだけだ。だってさ、アデラインは外見は綺麗だけど中身は可愛いだろ」
口調だけは軽く、声に微かな魔力を乗せたディオンの言葉は、中庭に居る生徒達の耳へ届く。
「……わたくしが、可愛い……?」
「可愛い」と言われただけで、怒りに染まっていたアデラインの苛立ちが静まっていき、急に恥ずかしくなってきて熱を帯びる両頬に手を当てる。
「はぁ? お前、何を言っているんだ」
臆することなく自分へ反論し、アデラインを可愛いと言うディオンに対して咄嗟に返す言葉が出て来ず、ヒューバードも困惑の表情を浮かべた。
「アンタは自分の婚約者のことを、アデラインのことを何にも知らないんだな。まさか王太子が自分の言動の影響力、責任にも気が付かないとはヤバいぞ。ハッ、これがこの国の王太子か」
笑みを貸して真顔に戻ったディオンは、先ほど笑っていた人物とは別人かと思うほど冷たい笑みを浮かべた。
雰囲気の変化を感じ取り、アデラインの背中を冷たいものが走り抜けていく。
ゲームでは、王太子暗殺の任務を請け負っていたディオンの今の任務は、アデラインの護衛。
親しみやすい性格でも闇ギルドに所属している以上、マスターの命令は絶対なのだ。
ヒューバード達がアデラインに精神的苦痛を与える相手だと判断すれば、ためらわずに彼等を排除しようと中庭に居る生徒達を巻き込み、精神攻撃魔法を発動するだろう。
「殿下」
深呼吸をしてアデラインは一歩前へ出る。
「わたくしは何もしていません。わざわざ学年の違うリナさんの教室まで行けるほど、わたくしが暇だと思っているのですか? 殿下が心配されるほどリナさんに近付いてもいませんし、頼まれても近付きたくはありません」
「なっ」
以前は悔しさと嫉妬で睨んで来たアデラインとは違う、今のアデラインの素直な気持ちを伝えれば、何故かヒューバードは目を見開き絶句する。
「わたくしのことが不快だと騒ぐのでしたら、今すぐこの場から立ち去ってください。先に此処へ来たのはわたくし達ですし、殿下が他の方々の食事を邪魔しています」
言葉を切ったアデラインが周囲に目を向けると、やり取りに聞き耳を立てていた生徒達は一斉に下を向いた。
「同じ空間に居るのが不快だからという理由で、わたくしにこの場から去れとおっしゃるのでしたら……生徒指導担当のジョージ先生に相談しなければなりません」
義理人情に厚いが不正は許さず厳しい生徒指導担当教諭の名を聞き、ヒューバードの顔色が悪くなっていった。
顔色が悪いヒューバードが黙ってしまったため、どうしたものかと視線を横へ動かしたアデラインは、偶然リナと目が合った。
恋人のヒューバードが困っているのに、全く表情を変えていないリナの黒茶色の瞳には、何の感情も浮かんではいない。
(どうしてあんなに冷ややかな目で殿下を見ているの? リナさんと殿下とは恋人関係では無いの? もしかして、本命は他の相手だったりする? そういえばディオンの顔をじっと見ていたけど、何か気になったことがあったのかな)
逆行前のお茶会の展開から、リナは王太子ルートを進んでいると思い込んでいたアデラインの心に不安が生じる。
(誰が本命かはおいおい考えればいいわ。今は彼等を追い払うことが先だわ。こっちはお腹が空いているのよ!)
ヒロインが誰のルートを選んだかは気になっても、このまま王太子と睨み合いを続けていたら昼食休憩時間が終わってしまう。
どうやってこの茶番から切り抜けようかと考えていると、隣に立つディオンが鼻で嗤う音が聞こえた。
「ハッ、下らないな。王太子。お前がやっていることは何だよ? アデラインのことを惨めだと言って怒鳴ってさ、王太子のお前がそんことを言ってもいいのか。昼飯の邪魔だからどっかに行ってくれないか? こっちは腹減ってるんだよ」
「何、だと」
馬鹿にした口調で言われ、信じられないモノを見る目でヒューバードはディオンを見た。
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