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「ここまで来れば誰もいないわね」
中庭から実技訓練場近くまで五分程歩き、人気が無い落ち葉が積もったベンチを見付けて足を止める。
手で落ち葉を払い除けたディオンに促されて、アデラインはベンチに腰掛けてランチバックを膝の上に置いた。
「さっきは怒ってくれてありがとう」
「どういたしまして。本当なら、俺に喧嘩を売ってきたヤツをぶっ飛ばしてやりたかったんだけどね」
「それは駄目。わたくしを危険な目に遭わせたって、マスターに言いつけますよ。あとね、カルロス様からの申し込みを受けていたけど、剣技は得意なの?」
不安気なアデラインからの問いにディオンは首を傾げた。
「んー、得意ではないな。どちらかといえば、暗器と格闘技の方が得意。でも何とかなるだろ。あんな色ボケ野郎に負けるほど、俺は弱くないしね。面倒になったら毒針でブスッとヤルし。この指輪に毒針がしこんであって、オークくらいだったら一撃なんだ」
瞬時に冷たい目になったディスクは、愉しそうに右手人差し指にはめた黒色の指輪をアデラインに見せる。
「授業ですよ」
「ははっ分かっている。やり過ぎないようにするから、応援してくれよ」
「応援は、ちゃんとします」
剣呑な雰囲気を変えて歯を見せて笑われると、アデラインの心の底で燻ぶっていた苛々が失せていく。
ランチバックから取り出した手拭きをディオンに手渡して、お弁当箱の蓋を開いて驚いた。
「……なるほど」
隙間が無いくらい詰められたサンドイッチと一口大にカットされた林檎とオレンジ。
一人分にしては量が多すぎる。
アデラインが誰かと一緒に食べることを見越して用意したのだ。
サンドイッチを前にして目を輝かせているディオンも、自分の分が用意されていると分かっていたに違いない。
「どうぞ」
「やったぁー」
お弁当箱を膝の上からベンチの上に置くと、ディオンはサンドイッチを一つ掴んで勢いよく頬張った。
昼食休憩時間の出来事は、想定していたよりも早く生徒達へ広がっていったらしい。
クラスメイト達が午前中以上に気を使ってくれているの感じ取ったアデラインは、居心地の悪さに身を縮めさせて午後の授業を受けた。
放課後になり、帰宅しようとしたアデラインはレザードの姿を探して……専属から解任したことを思い出した。
(レザードを解任したのを忘れていたわ。これから一人で帰ることになるのね)
専属執事など付いていなかった“私”の意識が混じったからか、特にレザードが側に居ない寂しさなど感じない。ただ、少しだけ胸の奥が苦しくなっただけだ。
「あっ」
持とうとした鞄の持ち手をアデラインよりも早くディオンが握り、ランチバック入りのトートバックと一緒に鞄を持った。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ行くか」
「え?」
どういうことかと、アデラインは目を瞬かせる。
「馬車まで送るよ。俺の役目は、学園から屋敷までの護衛だからな」
「護衛、そうだったわね」
クラスメイトととして普通に接してくれているから、ディオンがアデラインの護衛をしていることを忘れかけていた。
荷物を持ったディオンに馬車乗り場まで送ってもらい、アデラインは待機していた馬車に乗り込む。
擦れ違う生徒達から、好奇の視線を向けられていた気もしたが、気のせいだということにした。
(記憶が戻ってから二日目なのに疲れたわ。ヒロイン達には関わりたくないのに、あっちから来るのは防ぎようも無いわね)
馬車にはアデラインと御者台に座る御者しかいない。
不用心でも公爵家の馬車には、防御魔法がかかっており多少の襲撃は切り抜けられるはずだ。
一人になってようやく、アデラインの体から力が抜けていく。座席の背もたれに寄りかかり、目蓋を閉じた。
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