9.穏やかな眠りの裏で

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9.穏やかな眠りの裏で

 深夜、アデラインが眠ったのを確認したラザリーはメイド服から黒づくめの服へと着替え、木箱を入れた袋を背負った。 「お嬢様、お休みなさい」  部屋全体に貼られた守護魔法を強化し、窓からベランダへ出ると手摺に足をかけて飛び降りた。  音も無く建物の屋根から屋根へ飛び移り、向かう先は王都の外れに在る酒場だった。  一見して冒険者だと分かる者達で賑わう酒場の奥、許可された者以外は辿り着けない部屋の扉を開く。  部屋の入口に立つルベルトには目もくれず、一直線に椅子に座るクラウスの前へ向かい屈むと床に方膝をついた。 「マスター、戻りました」 「ああ。公女の様子はどうだ?」  クラウスから問われたラザリーは、下に向いていた顔を上げる。 「学園から帰られたお嬢様は、大変お疲れの様子でした。そして、お嬢様はマスターの伝言に大変驚かれていましたよ」 「そうか。ディオンの話では、学園は公女にとって安全な場所ではないらしいな」 「お嬢様にとって安全ではないのに、ディオンは何もしない、と?」  それまで無表情だったラザリーの眉間に皺が寄っていく。 「ディオンにも考えがある。学園で騒ぎを起こすな。しかし、公女は驚いていたのか。いきなり来るなと言っていたから先に伝えたのに、面倒な女だな」 「……失礼いたしました。こちらがお嬢様の御指示で見分した結果でございます」  立ち上がったラザリーは、背中に背負っていた木箱の蓋を開けてクラウスへ差し出した。 「フンッ、精神作用する物ばかりだな。しかし、この色は……気に入らない」  木箱に入っていた大粒のエメラルドを使ったイヤリングに眉を顰めたクラウスは、人差し指と親指でイヤリングを摘まんで魔力を込める。  パキンッ  クラウスの魔力に耐え切れず、エメラルドは粉々に砕け散った。  砕け散ったエメラルドは、魔力による高温の熱によってジュッと音を立てて溶けていく。 「呪詛は全て分析し、製作者に返しておけ」  エメラルドが砕け散り、金属部のみになったイヤリングの残骸を床に投げ捨てたクラウスから命じられ、ラザリーは「はっ」と頷く。 「全て、ですか? この感じだと呪詛を付与したのは二、三人でしょうけど、返したら製作者は狂うと思いますよ。振付与師は貴重なのに、勿体ない」 「貴重だと? ルベルト、この程度の呪詛しか付与出来ぬ付与師などいらん。俺がやった方が効果はある」 「それは、そうでしょう。だってマスターは……」  目蓋を閉じたルベルトは、続く言葉の代わりに盛大な溜息を吐いた。 「呪詛返しは空き時間にやっておきます」  遠い目をしたルベルトは木箱の蓋を閉めて、魔力を帯びた指先で空中に魔法文字を描く。  木箱の周りに乳白色の魔法陣が出現し、魔法陣に吸い込まれるように木箱は消えていった。 「明日からは、お嬢様のご依頼で屋敷の探索と帳簿の整理に着手します。学園が安全ではないのでしたら、早めにお嬢様のお迎えに行こうと考えております」  目の前でイヤリングが砕け散ったのを目にしても、ラザリーは顔色も変えず淡々と明日の予定を話す。 「帳簿の整理ね。手足が必要なら影を使うことを許可する。お前の好きにするがいい。だが、分かっているな」 「はい。お嬢様を傷付けようと、偽装工作した者と協力者にはなるべく手出しはしません。私が処理したいところですが、我慢します。それから、お嬢様を傷付けたあの男は、マスターへ差し上げます」 「契約の範囲内で、契約終了まではやり過ぎないようにしろ」 「はい」  頭を下げたラザリーは微かに口角を上げ、クラウスに背を向けて扉へ向かって歩き出す。 「失礼しました」  振り返って頭を下げたラザリーがドアノブに手をかけると、魔法で施錠されていた扉が開き部屋の外へ出ることを促した。
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