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扉が完全に閉まりラザリーの気配が店舗へ移動してから、渋い表情でいたルベルトが口を開く。
「マスター、もしや……至急必要だと言い私に用意させたアレは、アクセサリーを失った公女に渡すつもりですか?」
「そうだ。念には念を入れて、公女には護衛と俺の使い魔を渡しておく。公女はこの先、必要だ」
「ははは、そうですか」
あっさり認めたクラウスの返答を受け、顔面の筋肉に力を入れたルベルトの口元がひくひくと痙攣する。
「あの、ですね。公女に入れ込み過ぎですよ。公女に価値はあるとしても、そこまでしなくてもいいでしょう? 入れ込み過ぎて、もう一つの依頼を放置するつもりですか?」
「何とかするのがお前の役目だろう」
「はぁ、簡単に言ってくれる……」
項垂れたルベルトの顔の動きに合わせて、眼鏡のフレームもずり落ちそうになった。
「……マスター」
数秒思案したルベルトはゆっくりと顔を上げ、ずれた眼鏡のフレームを元の位置へと戻す。
「私の主観で何とかしてしまいますよ。少々、刺激的になるかもしれませんが、よろしいですね?」
「契約を完遂出来れば手段は任せる。公女はアレ以上に大事な契約主だからな。報酬を貰うまでは丁重に扱わなければならない。それだけだ。いや、それだけではないな」
腕組みをしたクラウスは、学園でアデラインを見送りそのままアジトへ戻って来たディオンからの報告を思い起こす。
『マスター、王太子の取り巻きは潰してもいいか? アデラインに怒鳴りつけてきたアイツ、王太子の騎士役を気取っているのか、喧嘩を売って来てムカついた。異世界人の女、アイツも面倒くさそうだ』
人当たりが良いと見せかけて、警戒心の強いディオンが気にしてここまで肩入れするのは珍しいことだった。
さらに、報告を気にするほどクラウスがアデラインに関心を抱き、肩入れしているのは事実だ。
「駄目ですよ。貴方がこれ以上動いたら面倒ごとが、いえ破綻してしまいます。よく考えて行動してください」
「破綻か。それも面白そうだな」
「マスター!? うっ」
深紅色の瞳に残酷な光を宿らせて嗤うクラウスが、大人しくしていしようとなどは考えていないと分かり、痛み出した胃部周辺を押さえた。
***
水とは異なる重い液体が体に纏わりつき、手足を動かして液体から逃れたくとも液体の重みで手足が動かなくなっていく。
どうにか腕を上げて誰かに助けを呼ぼうとして、声が出せないことに気が付いた。
目蓋を開いているつもりなのに、広がる漆黒の世界は恐怖しか無くて怖くて恐ろしくて、真っ暗闇の中で「助けて」と音に成らない声で叫ぶ。
「……あ?」
突然、閉じた目蓋越しに感じた光の眩しさで意識が浮上していく。
重たい目蓋を開いて、カーテンが開かれた窓から射し込む光が眩しくて、アデラインは半開きだった目蓋を閉じた。
「お嬢様、おはようございます」
「……おはよう」
カーテンを開いたラザリーは、緩慢な動きで上半身を起こしたアデラインを見て目を僅かに開く。
酷く掠れた声を発したアデラインの頬は、本人も気が付かないうちに流れた涙で濡れていた。
「そろそろ出掛けなきゃならないわね」
自室へ運ばれた朝食を食べて身支度を整えたアデラインは、置時計を見て時刻を確認して息を吐いた。
生徒達から腫れ物扱いをされている学園へ登校するのは正直気が重い。
(クラウスさんは守るって言っていたし、ディオンさんも助けてくれた。ラザリーも助けてくれる。だから大丈夫)
ドレッサーの前で身だしなみのチェックをするアデラインの後ろに立ち、髪を結っているリボンを直していたラザリーは手を止めてエプロンのポケットからとし出したヘアピンを差し込んだ。
「昨日までの御者は配置換えをさせました。今日から、金狼の者が登下校の護衛と御者を務めます」
「金狼の方が御者をしてくれるの?」
一昨日、依頼をしに行った時にクラウスの側近、ルベルトは人員不足だと言っていたため、御者まで金狼メンバーが担当してくれることに驚いた。
「はい。マスターがお嬢様の安全のため、必要だと許可してくださいました」
「お気遣いありがとうございますと、マスターさんにお礼を伝えてね」
安全のために必要だと判断したのは、引き受けた依頼を完遂するためだと分かっている。
分かっていても、クラウスが気にしてくれているのだと思うと、何故か落ち着かない気分になりアデラインは胸元を押さえた。
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