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10.何かが変わりそうな予感がする三日目
部屋から出て階段を下りている途中で、一階の奥から出て来たレザードとエリック専属メイドの姿が視界に入り、アデラインの足が止まった。
「おはようございます」
一昨日のことが無かったように、いつもと同じ感情の読めない表情でレザードは頭を下げた。
(エリックは今から登校するのね。別々の馬車でも登校が重なるのは嫌だわ。登校が重なったら、恋愛ゲームあるある展開、校舎入口でリナさんと殿下に会って挨拶することになりそうだし、レザードと朝から話したくないわ。一旦、部屋へ戻って出掛けるのを待った方が無難ね)
「ラザリー、戻るわよ」
自室へ戻ろうと、アデラインは後ろを歩くラザリーの方を向いた。
「お嬢様」
執事であるレザードから声をかけてきた以上、無視は出来ずにアデラインは振り返る。
「……おはよう。何か用かしら?」
普通の対応をしなければと分かっていても、一度苦手だと思ったレザードに対して不機嫌な声が出てしまう。
「おはようございます。今日もお一人で登校されるのですか?」
「ええ。一人で登校する方が気楽だと気付いたの。帰りはラザリーも迎えに来てくれるし」
ラザリーの名前を口に出した途端、アデラインを見るレザードの表情が険しくなる。
「お一人の登校は危険です」
「一人は危険、ね」
アデラインの口角が上がる。
「そういえば、昨日は学園の近くの道で馬車の横転事故が起きたそうね。わたくしが通った直後の事故だったらしく、時間がずれていたら危うく巻き込まれるところだったわ」
学園から屋敷へ向かう途中の大通りをアデラインが乗った馬車が通り抜けた直後、後ろを走っていた馬車の車輪が道に出来ていた穴にはまってしまい横転したのだ。
道を横断していたカルガモ親子を避けるため、端を走ったアデラインが乗った馬車は穴の回避して、難を逃れることが出来た。
「どうやらわたくし、危機回避能力が高いみたい」
目を細めて口元だけの笑みを浮かべたアデラインを見上げ、レザードは眼鏡のフレームに指を当てる。
「お一人で登下校されるのでしたら、御者に慎重に進むように伝えておきましょう」
「ああ、そうだったわ。御者は今日から変わったわよ」
「は?」
目を瞬かせたレザードの口から、間の抜けた声が出る。
「元冒険者で実力は申し分も無くて、護衛にもなってくださるという方がいたので、御者をお願いしたのよ」
変えたのはラザリーだが、アデラインの希望で御者を変更したように伝えれば、レザードの目が大きく開かれていく。
「なん、ですって? お嬢様! 私に一言も無く」
「レザード、何をしている? そろそろ出るぞ」
部屋から出て来たエリックに声をかけられて、レザードは動きを止めて口を閉じた。
「……分かりました」
目蓋を閉じたレザードが目蓋を開くと、いつも通りの冷静な執事の表情へ戻っていた。
「お嬢様、道中お気をつけてください」
軽く頭を下げて微笑んだレザードは、アデラインをチラリと見ただけで無言のまま横をすり抜けて階段を下りたエリックから、鞄を受け取ると玄関扉を開く。
「エリック、学園で会いましょう」
チラリと後ろを向いただけで、エリックからの返事は無く開かれた玄関から外へ出て行き、続いてレザードも外へ出て行った。
(今のレザードの言い方は……まるで今日の登下校で何かが起こるみたいに、少し含んだ言い方だったわね。それにしても、エリックは挨拶も無しとは。はぁ、思春期男子は難しいわ)
溜息を吐いたアデラインは、エリックを見送っていたメイドへ「ねぇ」と声をかけた。
「そこの貴女。扉を閉めて下がっていなさい」
「は、はい」
困惑の表情を浮かべるメイドに命じ、開いていた玄関扉を閉めさせる。
「五分後に出るわ」
「はい。新しい御者の紹介をします」
「ええ、お願いね。あら?」
階段を下りようとした足を止めて、アデラインは玄関ホールに残っているメイドを見下ろした。
「貴女、いつまで此処に居るの? わたくしに挨拶一つもできないのに、話を聞いていないで戻りなさい」
「も、申し訳ございません」
逃げるようにメイドが奥へと戻ったのを見届けてから、アデラインは階段を下りて玄関へと向かった。
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