10.何かが変わりそうな予感がする三日目

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「ふふっ、これでメイド達から陰口を言われるわね」 「お嬢様に挨拶どころか、頭も下げずに下がったメイドの態度は許せません。きっちり躾けておきます」 「……やり過ぎないでね」  淡々と言うラザリーの躾はどんなことなのか、容易に予想出来てアデラインは口元を引き攣らせる。  破滅回避のために、屋敷内の調査を依頼した以上「止めて」とは言えない。  ただ、アデラインに食って掛かって来たパメラの姿、ラザリーの精神干渉魔法によって生気の無くなった目を思い出して、少しだけ怖くなった。  玄関から外へ出たアデラインの前に通学に使っている馬車が停まり、御者台から長身で筋骨隆々といった体格の男性が下りて来る。  御者を務める男性は、帽子を取ってアデラインに軽く頭を下げた。 「こちらは今日から御者を務めます、ガルバムです。魔法は得意ではありませんが、オークの群れ程度でしたら一人で殲滅出来ます」 「オークの群れ? 殲滅?」  物騒な紹介とガルバムの格好に、アデラインの目が点になる。  御者服が全くに合っていないガルバムは、常人は持つことすら出来ないだろう大剣を背負っていた。 「マスターの命により、お嬢様の登下校と屋敷内での警備を担当します。不審な者は俺が近付けさせませんから、ご安心ください」 「それは頼もしいわね」  微笑んだアデラインを見て、ガルバムは目を開いて驚く。 「どうかしました?」 「いや、公女様だって聞いていたから、もっと高飛車なのかと思っていたから驚いただけです」  首を軽く横に振ったガルバムはニッと歯を見せて笑う。 「ふーん、なるほどね。ラザリーが気に入るわけだな」 「ガルバム、そろそろ出発して」  ラザリーの目付きが鋭くなりガルバムは慌てて口を閉じ、ずれた帽子をかぶり直した。  エプロンのポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認したラザリーは持っていた鞄をガルバムへ押し付ける。 「お嬢様、もう七分経ってしまいました」 「もう? では行ってくるわね。よろしくね」 「お嬢様、行ってらっしゃいませ。頼みましたよ」 「ああ」  頷いたガルバムが扉を開き、アデラインは馬車へと乗り込んだ。  遠ざかっていく馬車が屋敷の門を通過して見えなくなると、ラザリーは顔から表情を消した。 「さて、私達はお嬢様のご依頼通り、大掃除に取り掛かりましょうか。書庫へ案内しなさい」 「……はい。此方でございます」  先日、宣言した通りアデラインの視界に入らないよう、奥に控えていたパメラは無感情な声でラザリーの言葉に従った。  何か事件が起こるのかと、不安を抱いていた学園への道中は何も起きず、もしや校舎内でヒロイン一行と出くわしてしまうのかと、緊張の面持ちでアデラインは校舎へ入った。  周囲に気を配りながら歩いていると、太い柱の影から突然人影が現れた。 「アデライン、おはよう!」  驚いたアデラインが上げた悲鳴を打ち消す大声で、満面の笑みのディオンは挨拶をする。 「お、おはよう、ございます」  驚いて速くなった心臓の鼓動で胸が苦しくて、息も絶え絶えになったアデラインは胸元を押さえた。  幸いにも周囲には他の生徒はほとんど居らず、アデラインは胸を撫で下ろす。 「ガルバムが御者になったんだって? アイツ、無口だからつまらなかっただろう? 俺が代わりに御者もやろうか?」 「いえ、結構です。とても丁寧な方ですし、学園まで何事も無く来られました」 「それは残念だな」  大して残念がっていない口ぶりのディオンは、アデラインの持っていた鞄とランチバックの持ち手を自然な動作で持つと、教室へ向かって歩き出した。
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