10.何かが変わりそうな予感がする三日目

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 負傷した男子は演習場隅に設置された救護スペースへ移動して、救護役として三人一組になった女子が順番で回復魔法をかけてもらう。  救護係の順番が回って来たアデラインは、フリルの付いたエプロンを受け取り救護スペースへ移動した。 「見て。次の試合」 「まぁ。お二人を間近で見られるなんて運がいいわね」  ボードに貼られている対戦者名カードを見て、救護係の女子達は色めき立つ。  休憩場から演習場へ出てきたのは、初戦を勝利したディオンと騎士団長子息カルロス。  予想通りの展開になり、アデラインは素早くエプロンを身に着ける。 「ディオ様、大丈夫かしら?」 「カルロス様相手では、怪我が怪我をしないか心配だわ」  女子達は心配そうに、救護スペースの横を通り演習場の中央へ向かうディオンを見送った。 (ディオンさんは心配いらないわ。金狼のメンバーが学生に負けるなんてあり得ない。ここはゲームとは違うのよ。むしろ、心配なのはやり過ぎないか、だわ)  救護スペースの横をディオンが通った時、アデラインにだけ聞こえる声で彼が呟いた一言は…… 『潰すよ』 (潰すってカルロス様自身を? それとも完膚なきまで打ち負かして、心を潰すということ?)  はっきり「潰す」と宣言したディオンは、潰す気満々で愉しそうな笑顔でカルロスと対峙している。 「ディオ様もお強かったけど、カルロス様は第一騎士団長の御子息で武術の実力は学年一と言われているし、試合はカルロス様が勝利するかしら?」 「じゃあ、手当の準備をしておきましょう。私、複雑な怪我の回復は苦手なのよ」  ディオンが敗北すると決めつけている女子達をよそに、アデラインはカルロスがどう潰されるのか気になっていた。心を潰されてしまったら、敵意を向けて来た相手とはいえさすがに後味が悪い。  石枠で囲まれた場内の中央へ立つディオンは、顔を動かしてヒューバードを見上げる。観覧席に座るヒューバードへ、再び不敵な笑みを向けた。 「始めっ!」 「うおおおー!」  審判の教師の声で、両手で模造刀の柄を握ったカルロスはディオンへ向けて剣を振り上げた。  ひゅんっ!  上段からの斬り下ろしをヒラリとかわしたディオンは、軽い動きでカルロスの真横へと移動した。  模造刀を真っ直ぐ振りかぶると、ディオンは手首を返してカルロスの横腹を打ち抜いた。 「ぐぁっ」  瞬きをするほど一瞬の出来事だった。  刃を潰してあるとはいえ、金属の棒と変わらない模造刀が打った一撃は強く、脇腹から全身に広がるダメージによりくぐもった呻き声を漏らしたカルロスはガクリッとステージ上に膝を突いた。 「そこまでだ!」  教師の声が響き渡り、追撃をしようとしていたディオンは模造刀を下ろした。 「嘘だろう……」  たった一撃で動けなくなったのが理解しきれず、膝を突いたまま呆然とカルロスは模造刀を肩に担ぐディオンを見上げていた。 「お前さ」  一歩近付いたディオンの雰囲気が冷たく凶悪なものに変化し、動けないでいるカルロスの体が震え出す。  立ち上がろうと藻掻くカルロスの喉元へ、ディオンは肩から下ろした模造刀の切っ先を向けた。 「騎士団長の息子だと言っても、訓練用ではない高位魔獣の群れと戦ったことも、敵兵と命を取り合うような実戦は経験したことが無いだろう」 「う、あ……」  カルロスの額から流れ落ちた汗が顎を伝い落ちて、ステージ上に点々と汗の染みを作る。 「教本通りの綺麗な動きと構えでは太刀筋は読みやすい。お前の剣技では、何年かかっても俺に勝てない。阿呆の機嫌をとり、男を侍らす女の尻を追いかけて鍛練を怠っていては、一生かけても俺には勝てない」  気さくな雰囲気を一切排除して、淡々と言うディオンの圧力に負けて俯いてカルロスは、唇を噛んで顔を歪めながら上を向いた。 「く、ははは……実力の差がこんなにもあるとはな。それとお前の言う通りだ。鍛練不足で動けなかった。騎士を目指すのなら毎日の鍛錬を怠ってはいけなかった。やっと、目が覚めたよ。最近の俺は、騎士になるという目的を忘れてどうかしていた。いいか、見てろよ。鍛錬をして絶対にお前に勝つからな!」  「絶対に勝つ」と言い放ったカルロスの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしたものへ、瞳は澄んだ色へと変わっていた。 「俺に勝つ? いつでも相手になってやるよ」  模造刀を持っていない手を伸ばし、カルロスへ差し伸べる。  差し伸べられたディオンの手を掴んでカルロスが立ち上がり、観覧席で見ていた生徒達からは割れんばかりの拍手が二人へと贈られた。  美形な男子が友情を芽生えさせる、年頃の女の子が憧れるシチュエーションに、観戦していた女子達はうっとりとディオンとカルロスを見詰めていた。 (潰したのは、カルロス様の歪んだ心だったのね。再起不能まで潰されなくて良かった) 「ほら、貴女達」  安堵の息を吐いたアデラインは、観客になって歓声を上げていた女子達へ声をかける。 「カルロス様の救護をしなければならないわ。脇腹を痛めているようだから、準備をしましょう」 「「はい」」  声を揃えて頷いた女子達は、急いで魔法で氷を作り棚から三角巾を取り出した。 「アデライン、頼むよ。肋骨が二本砕けて一本ヒビが入っている。あとは手をついた時に腕の筋も痛めている」  肩を貸して連れて来たカルロスを長椅子に座らせて、ディオンはあっけらかんと怪我の状態を伝える。  軽く振った模造刀で、打ち付けただけに見えた脇腹の怪我の酷さに驚きつつ、アデラインは水系統の回復魔法を発動させた。 「カルロス、何をしているんだ。アデラインも喜びやがって……くそっ」  砕けた骨をどうにか繋ぎ合わせたアデラインと、三角巾で腕を固定している女子に礼を言っているカルロスを睨んだヒューバードは、額に青筋を浮かべた憤怒の形相で全身を震わせていた。
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