01.始まりは牢の中

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 怒りに燃えるヒュバードから漏れ出た魔力が周囲の芝生を枯らし、目を吊り上げたカルロスとサミュエルがアデラインへ剣を向ける姿は、魔女からお姫様を守る王子様と騎士だった。 「明日になったら私は、正式に王太子から婚約破棄を言い渡され、お父様から絶縁され公爵家から存在を抹消される。そして、着の身着のまま此処よりも劣悪な牢へ入れられ、毒を飲まされるいうわけか。悪役令嬢は消えて、ヒロインは王太子ルートのクライマックスへ入るのね」  目蓋を閉じたアデラインの脳裏に、悪役令嬢は投獄されて舞台から消えて、邪魔者が居なくなって安堵するヒロインと王太子が幸せそうに微笑み、キスをするスチルが浮かぶ。  ヒロインと王太子の頭の中は、幸せの色に一色に染まっているのかと思うと乾いた笑いが出てくる。 (アデラインの記憶によると、リナが倒れた時、わたくしの座っていた椅子の下に落ちていた毒入りの瓶。ゲームをやっている時は何も思わなかったけど、実際体験してみると不自然じゃない? 知らない、見覚えのない瓶だと言っても聞いてもらえないし、婚約者の恋人が毒で倒れて、毒の瓶がわたくしの椅子の下に落ちていた。誰がどう考えても、わたくしがリナの暗殺を企てた。と、なるわね。否定しても状況証拠だけで、わたくしが犯人だと確定されてしまう)  攻略対象の義弟と執事は庇うどころか、メイドを使い毒を用意させたのはアデラインだと証言した。 (証言をしてくれた義弟と、顔だけはいい色ボケ執事も殿下と彼女の味方をしていた。すでにヒロインに攻略されていたということね。でも、ゲームには逆ハーレムエンドは無かったはずよ。あっても、無印、皆とお友達状態のまま、時空の歪みに飛び込んで元の世界へ戻る帰還エンドだけ)  幼い頃から仕えてくれていた執事のレザードの態度が急に刺々しいなり、エリックの側に居ることが多くなったのは気付いていた。とはいえ、アデラインを裏切るとは彼の脳内はお花畑になっているらしい。 (この流れは王太子エンド? それともお友達エンドかしら? あの義弟の憎悪と歓喜に満ちた目は、お友達の枠から出ている気もしたわ。まぁ、婚約者がいるのに恋人をつくっている王太子を諫めない周囲からして、もう攻略は完了している状態ね。わたくしに毒を飲ませて処刑するのか。それとも最果てにある修道院送りにするのか、どちらにしても王都からの追放はすでに決められているようね。お父様と国王夫妻が不在の間に裁判とは名ばかりの茶番を行い、判決を下すというわけか)  溜め息を吐いたアデラインは開いた両手を見詰めた。  多忙を理由に手入れを怠っていた“私”の手とは違う、ささくれ一つ無く爪も綺麗に磨かれた手は労働とは無縁な生活をしていたと分かる。 (学園内外で、リナに嫌がらせをしていたのは他の女子達。わたくしは良くて天真爛漫、悪く言えば図々しいリナの振る舞いを注意しても意地悪はしていなかったわ。ただ、他の女子達を止めなかっただけ。大した罪にはならないはずよ。でも……義弟と色ボケ執事の二人ならわたくしの行動を把握して、“よからぬこと”を捏造できるわ)  他の女子達がやったリナへの嫌がらせは全て、アデラインが指示したことにされていた。  執事として側に居たレザードが「お嬢様の指示で行った」という詳細な記録を王太子へ提出してくれたのだ。 (立派な証拠を捏造してくれた義弟と色ボケ執事は、処刑を望むほどわたくしのことが嫌いだったのね……)  幼い頃から仕えてくれたレザードは、多少の我儘を言ったとしても苦笑いして叶えてくれた。  時には、苦言を呈してアデラインの暴走を止めてくれたのに。  嫌がらせの証拠を捏造して陥れようとするほど、実はレザードから嫌われていたのと知ったアデラインは、茫然自失状態になって動けなかった。
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