712人が本棚に入れています
本棚に追加
「はぁー、これは異世界転生? 憑依? よりによって追放される前日に“私”の記憶が戻るなんて。もっと早くに“私”の記憶が戻っていたら、対処できたのに……お茶会でもレザードに裏切られたと知って、泣きはしなかったのに。あんな奴らに泣き顔を見られたなんて……今頃笑っているでしょうね。本当に最悪だわ」
顔を上げたアデラインはゆっくりと室内を見渡した。
魔力を抑制する結界が張られている室内を照らしているのは、弱々しい光が灯るランプと天井近くにある小さな窓からの月明かりのみ。
どうやら、魔力抑制の結界が張り巡らされたこの部屋から脱出するため、窓を目指して壁をよじ登ろうとして落ちたのだ。
四方を石材で作られた円形の部屋は、古びた絨毯が敷かれた上にベッドとソファー、壁際にはチェストとドレッサーが置かれていた。
王太子の一存ではアデラインを牢へ入れられず、様々な理由で表舞台に出せなくなった王族を軟禁する部屋へ閉じ込めたのか。
「あれ?」
ランプを手に取り室内を歩いて、既視感を抱いて首を傾げた。
(この部屋、見覚えがあるような……何故だろう?)
既視感を抱いたのは、初めてこの部屋へ入ったアデラインの意思ではなく、流れ込んできた“私”の記憶だ。
眉間に皺を寄せて王太子ルートのハッピーエンド以外の展開、トゥルーエンドへの流れを思い返す。
「そうだわ」
(トゥルーエンドとバットエンドへの分岐! 王太子ルートで、ヒロインがこの部屋に閉じ込められる展開があったじゃない。反逆を企てる貴族が依頼した闇ギルドの者に王太子が襲われて、ヒロインも捕えられてしまいこの部屋に閉じ込められるのよね。反逆者は……思い出せないけど、ヒロインがこの部屋に隠されているアイテムを使って、外へ出られるかどうかでその後の展開が決まる!)
埃がかかったベッドまで歩き、両膝を床について屈んだアデラインは片手でベッドフレームの端を掴む。
床に肘をついてベッドの下をランプで照らして覗き込んだ。
(このベットの裏に、此処から脱出するためのアイテムがあったはず!)
光が届かないフレームの裏に手を入れて、手探りでアイテムを探った。
手入れされていないフレームは劣化し、木目表面が荒くなった部分に触れた指先が擦れる。だが、今さら痛みなど気にしていられない。
指先に木とは違う金属の感触がコツンと触れて、絨毯に頬をつけたアデラインは肩までベッドの下へ入れてソレを握った。
「こんな奥に隠されているなんて。痛たた……」
ベッドの下から腕を出すと、フレームと床で擦った指先と肘には無数の擦り傷が出来ていた。
埃塗れになったドレスを軽く叩き、握っていた手を開く。
「そう、これだわ」
手の平に収まる大きさの隠しアイテムは、金属の細かい細工と魔石がはまった懐中時計だった。
懐中時計の蓋を開くと、指先から滲んだ血が硝子を赤く汚す。
(この時計は、使用者の時間を戻してくれる。巻き戻る時間はランダム。ゲームヒロインは運良く王太子が襲われる前に戻れていたわ。わたくしが使っても上手くいくか不明だけど、ヒロインがハッピーエンドを迎えた後、アデラインから“私”に戻れるかも分からないなら、使うしかないわ)
生き残れたとしても修道院送り。最悪、毒を飲まされ苦しんで死を迎える。どっちに転んでも破滅だ。冗談じゃない。
蓋を閉じた懐中時計を胸元に当てて、目蓋を閉じたアデラインはありったけの魔力を両手に込めた。
「どうか、捕らえられる前に、昨日の朝より前に戻って! お願いっ!」
パアアアー!
願いを込めた魔力に反応し、部屋の壁と床に幾何学模様が浮かび上がり、アデラインの魔力が抑え込まれてしまう。
「くっ! 邪魔しないでよ! いきなり異世界転移!? 転生とか有り得ないでしょう! いくらゲーム補正がきいていても、ヒロイン至上主義でもこれは受け入れられない! あんな色ボケ達の思う通りに破滅させられるもんですか!」
怒りと叫びは力になり、爆発した怒りの感情と動力源となる魔力に呼応して、止まっていた懐中時計の秒針が時を刻み出す。
カチカチカチ……!
懐中時計の針が逆回転を始め、アデラインを中心として室内が渦を巻いて歪んでいった。
最初のコメントを投稿しよう!