02.巻き戻った時間を有効活用することにした

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02.巻き戻った時間を有効活用することにした

 懐中時計から放たれた白い光によって視界全てが真っ白に染まっていく。  次にやって来た浮遊感に恐怖したアデラインは目蓋を閉じ、自分の両肩に手を回して抱き締めた。 「……お嬢様?」 「はいぃっ」  若い女性の声が聞こえ、アデラインは反射的に上擦った声で答えた。 真っ白の光で埋め尽くされていた世界が色を取り戻していき、少しずつ視界が鮮明なものになってくる。  今まで居た石煉瓦に囲まれた薄暗い部屋ではなく、大きな窓から射し込む陽光が明るく照らす室内の一角で、白色の部屋着を着たアデラインは大きなドレッサーの前に座っていた。  明るい室内はカビと埃の匂いは一切せず、嗅ぎなれたルームフレグランスの香りと花瓶に生けられている花の香りで、安堵の息を吐く。  顔を上げたアデラインは、自分の後ろに立ちドレッサーの鏡に映る若い女性を見上げた。 「貴女は、パメラ?」  癖のある茶色の髪を束ねてエプロンドレスを着た女性は、半年前にアデラインの側仕えになったパメラだった。 「わたくしは、今何をしていたの?」 「お嬢様、どうかされましたか? 今は、離宮へ行かれる支度中でございます」  ヘアブラシを持つ手を止め、パメラは困惑して答える。 「離宮?」 「王太子殿下からのお誘いで、離宮の庭園を見に行かれるのでしょう?」 「そう、だったわね」    急速に口腔内が乾いていき、アデラインは首を動かして着ている部屋着を確認する。  鏡越しに見えた室内は、記憶にある王都にあるベリサリオ公爵邸のアデラインの部屋と同じだった。  着ている部屋着も寝癖のついた髪も、室内の様子も今朝と全く変わりない。 (わたくしは“私”? アデライン? “私”とアデラインの意識が混じり合った、新しいアデラインってことかしら?)  顔を動かして、アデラインは棚の上にある時時計を見て時刻を確認する。 (今は朝、八時半か。なんだ、お茶会の支度をしていた時に戻っただけじゃない。ゲームでは三日前に戻れたのに、わたくしがゲームヒロインじゃないから、半日だけしか戻れなかったの? 半日前に戻って何ができると言うのよ。気分が悪くなってきた。あら? これは……)  ふと目についたのは、ドレッサーの天板の上に置かれていた化粧品と香水瓶の中に紛れていた、一本の硝子瓶。  赤紫色の液体が入った硝子瓶は、たとえ中身が素敵な香りがする香水でアデラインでは選ばない。  何故、こんなものが此処にあるのかと内心首を捻り、思い出した。 (そうか、そういうことね)  半日しか巻き戻ってくれなかった時間に落胆していた思考は落ち着き、冷静になっていく。 「お嬢様、すぐに整えます」  ワゴンに置いてある、寝癖直し用の霧吹きを取ろうとパメラが後ろを向いた隙に、アデラインは人差し指で硝子瓶に触れ魔法をかける。 (やっぱり)  魔法に反応した赤紫色の液体は緑色に輝き、アデラインは人差し指を振って魔法を解除した。  気難しい性格のアデラインの専属メイドが少ないとはいえ、王太子から招待されたお茶会の準備をするのにパメラ一人しか居ないのは変だと、何故今まで気が付かなかったのか。 「急に気分が悪くなってきたわ。残念だけど、この体調では行けそうにないわね」  言葉は嘘ではなく、こめかみの痛みは治まるどころか、悪化していく。  着飾っても婚約者には見向きもされず、冤罪で捕えられると分かっていて離宮へ行く馬鹿なことはしない。 「今日の茶会は欠席するわ」  寝癖のついた髪を手に取り、霧吹きで水をかけていたパメラは目と目を大きく開いた。 「ええ? あれほど喜んでいたのに、急に行かれないなんて……困るわ」  驚きのあまり、つい出てしまった言葉だろう。  頭の中の霧がすっきり晴れて、感覚が研ぎ澄まされていたアデラインの耳はパメラの漏らした小さな呟きを拾っていた。 「困る? 誰が困るというの?」  振り返ったアデラインに睨まれて、パメラは更に一歩後退った。 「い、いえ」 「なるほどね」  僅かに震えた声と動揺を隠しきれない態度から、パメラへの疑念が確信に変わった。
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