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プロローグ ~予想通りの婚約破棄宣言~
休日の昼下がり、貴族の邸宅が建ち並ぶ区画から王宮へ続く通りへ、一台の馬車が出て来た。
装飾も無く地味な馬車は、物理魔法による襲撃を受けても破損しないように強化され、揺れもほとんどない乗り心地の良い特別仕様。
馬車の座席に座った若い女性は、あえて裏道ではなく窓から人々で賑わう大通りを通らせて、窓から王都の街並みを眺めていた。
「アデライン、緊張しているのか?」
向かいの席に座る、黒色スーツを着た黒髪赤目の青年からの問いにアデラインと呼ばれた女性は、視線は窓から動かさずに首を横に振った。
身じろぐとコルセットが胃を圧迫して、久し振りに着たドレスが窮屈で早く脱ぎたくなり息を吐く。
窓から射し込む陽光を受けて輝く銀髪を編み込みにしてサイドに下ろし、派手に着飾ることが好きではなくても今日は勝負服となるドレスを着て、昨夜寝られずに出来てしまった目の下の隈を隠すためにしっかりと化粧もしてもらった。
「いいえ。何があっても反撃できるよう準備万端にしたし、貴方が一緒にいるのにどうして緊張することがあるの?」
「フッ、それもそうだな」
アデラインの答えに満足した男性は、口角を上げた不敵な笑みを浮かべる。
嗤った時に上下した喉ぼとけが妙に艶めかしくて、アデラインの心臓がドキリと跳ねた。
(何もしていなくても絵になるというか、彼の存在全てに色気があるというか仕草からして、とにかくこの人は卑猥なのよ)
この数日でこの危険人物への耐性がついたとはいえ、狭い馬車の中で二人っきりでいると妙に彼のことを意識してしまう。
この男は誰よりも危険だと、分かっていても彼の醸し出す色気に負けそうになる。
「どうした?」
「何でもないわ」
まさか、見惚れていたなんて言えずに、慌ててアデラインは横を向いた。
大通りを行き交う人々や荷車を避けるため速度を落として走行させ、目的地である離宮へは予定時刻から十分以上遅れて到着した。
「お待ちしておりました」
黒髪の男性に手を引かれて馬車から降りた女性を出迎えたのは、冷たい視線を向ける使用人達だった。
無表情な使用人に案内されて向かったのは、お茶会の会場となっている庭園。
庭園にはテーブルと椅子が並べられ、テーブルには色とりどりのケーキと焼き菓子が並ぶ。
中央の席に座り、若い男性達に囲まれて楽しそうに笑っていた黒髪の少女は顔を上げ、使用人に先導されてやって来たアデラインに気が付くと話を止める。
笑顔から緊張の面持ちになる少女に耳打ちして、椅子から立ち上がった青年は笑みを消してアデラインの前へと向かった。
「遅かったなアデライン」
「申し訳ありません。ヒュバード殿下」
庭園に足を踏み入れたアデラインを出迎えたのは、レストレンジ王国の王太子ヒュバード・アル・レストレンジ。
まだ少し幼さが残るものの、赤みがかった金色の髪と緑色の瞳を持ち端正な顔立ちをした彼は、外見だけは女子が想い描く理想な王子様そのものだった。
「身支度に時間がかかってしまったのと、お父様からの火急の連絡が来たので返信を書いていて遅くなりました。でも、わたくしが遅れても楽しんでいらしたようで、安心しましたわ。もう少し遅く来た方が良かったようですね」
「なんだと?」
言葉に含まれた嫌味に気が付いたヒュバードは、眉を寄せた不快感を露わにして表情で舌打ちをする。
返答はせずにヒュバードの横をすり抜けたアデラインは、椅子に座っている少女と青年へ向けて頭を下げた。
「皆様、大変お待たせして申し訳ありませんでした」
「……アデラインはリナの隣の席に座るように」
「嫌です。お断りします」
微笑みを崩さないアデラインがきっぱりと断れば、ヒュバードとリナと呼ばれた少女は驚きに目を丸くした。
「何だと? 俺の言うことが聞けないのか?」
「ええ。お互い、苦手意識を抱いている相手の隣に座ることは苦痛で、せっかくのお茶会も楽しめませんでしょう。まさか殿下は、この機会にリナさんと仲良くなれと、わたくしにご命令するつもりだったのですか?」
目を細めて口元だけの笑みを浮かべて言えば、ヒュバードのこめかみがぴくぴくと痙攣する。
「勘違いするな!」
ガタンッ!
テーブルに手をついて立ち上がった青年が声を荒げ、大きく揺れた椅子が音を立てた。
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