飛べよ老鳳凰

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 国士無双の完成には、中張牌(チュウチャンパイ)、すなわち数牌の二から八が不要になる。 当然それらを手配から優先的に捨てていくことになるわけだが、 全うに面子を作るのであれば、 順子になりやすい中張牌を気兼ねなく切るはずがない。 柴崎の河に溢れる中張牌が、暗に国士無双の到来を報せていたのである。 「私たちが么九牌(ヤオチュウハイ)を切らなければ、  国士無双が直撃することは100%ありません。  もう諦めた方がいいのでは?」 門脇のわざとらしい挑発に対しても、柴崎は依然として動じない。 ただ自分にできることに誠心誠意取り組むだけだった。 「ポン!」 たった今、柴崎が捨てた七萬(チーマン)を副露した門脇。 東1局と同様に断么九(タンヤオ)の成立を目指す。 現在首位を堅持する彼は得点の大小関係なく和了(アガ)りさえすればよかった。 副露型はとにかく和了が早い。 能天気に過ごしていたら、たちまち終局してしまう。 焦る柴崎は一巡でも早く白を掴み取りたかった。  次に彼が牌山から一枚を引き抜いた瞬間、 全身に衝撃という名の稲妻が駆け巡る。 白の表面はまっさらとしか言い様がない。 親指の腹が知覚するのっぺりとした感触は、牌の正体を迷いなく示していた。 ここで「ツモ」と宣言すれば、めでたく国士無双の和了となるが、 1着を奪取するには点数が僅かに足りない。 雀神を護るには2着ではいけない。 閉ざされた道を切り拓く唯一の手段を彼は知っていた。 ただ、それはあまりにも現実味を帯びていなかった。 東4局が始まるまで考えが至らなかったのもその所為(せい)である。 眩む視界に向けて、柴崎は心臓から唸り声を上げる。 奇跡を一途に願った咆哮であった。 苦渋の決断の末、彼は和了(アガ)らずに手牌の中で被っていた一索を捨てた。 天空を追放された鳳凰が再び彼のもとへ帰ってくることを信じて。
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