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本音を吐き出して満足したのか、門脇が乱暴に座り直す。
柴崎は反論せず、終始盤面を静かに見つめていた。
揺れ動く視線が手牌を眺め回し、逆転の一手を懸命に模索する。
最下位の柴崎と首位を独走する門脇との点差は実に4万点を超える。
この逆境を乗り越えられるかもしれない苦肉の策が一つだけ。
──狙うは役満。それしかない。
役満を完成させれば、基本的に一律32,000点を獲得できる。
不動の地位に鎮座する門脇を脅かすには、役満直撃が絶対条件であった。
さりとて、相手の狙っている役を見透かしてしまう門脇は、
十中八九柴崎の待ち牌を捨てない。
そもそも役満の達成確率は極めて低く、最も簡単なものでも小数点第4位の世界。
荒波の水飛沫が柴崎の背中を無遠慮に濡らす。
彼は間違いなく断崖絶壁に追い詰められていた。
本局で勝負が決するというのに、柴崎の手牌は相変わらず酷い並びである。
大半が么九牌、すなわち数牌の一・九と字牌だった。
これでは連番を形成する順子を作るのは困難であり、
かと言ってペアになっている牌もほぼないため刻子にもなり得ない。
諦めかけた柴崎は不意に自身の初陣を思い出す。
当時の最終局も到底和了れそうにない、見るも無残な手牌であった。
しかしながら、彼は結果的にとある役満を見事に成就させた。
汗が瞼を跨ぐ真剣な眼差しは、牌中央に鳳凰が描かれた一索を引き込む。
「……ツモ! 8,000・16,000!」
自力で32,000点を勝ち取り、鮮烈なデビューを飾った喜びは、
今もなお色褪せることはない。
比類なき興奮を彼の指先は鮮明に憶えていた。
何ものにも代え難い記憶に支えられ、柴崎は腹を括る。
40年前と同じ役満"国士無双"を作り上げてみせる、と。
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