首脳会談

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首脳会談

 立川市などの西東京多摩地域一帯は停戦協定によっていったんは中立地帯と制定され、領有権はどこの国にも属さない状態で保留となった。一方的に侵略を受けた形の日本政府はこの制定に不服と遺憾の意を申し立てていたが、総安保連合は民協連盟側とその処遇について協議を続けて行くという返答に留まっていた。宇宙状況監視や電磁波測定などの各種防空システムをかい潜って侵攻可能な技術を持つに至った民協とやり合うには不利だと考える総安保各国の判断が優先された結果であった。  事実として侵攻をしかけて来たのは民協連盟軍側であったが、日本に侵略戦争のための軍備増強の意図があるとして、やむを得ず戦闘行動に至ったと論じ、民協連盟はその論調を曲げることはなかった。日本政府は三百年前から民協の侵略に晒されており、今回も現状を武力によって変革しようとする侵略行為に専守防衛でもって対応したこと、多摩地域中部に多大な損害を与えたのは民協側であるとの主張を続けていた。  民協軍は領土制圧が目的であったが、侵攻された地域は無差別攻撃によって市街の機能を喪失していた。民協軍は制圧した地域に残存していた工場などを接収して軍事転用することもあったが、侵攻を受けた地域のほとんどは生活基盤が破壊されており、工場の再稼働はおろか、市街地の復旧すらも手つかずで放置されたままである。民協軍は民間人の救助や支援などの想定はなく、そうした兵科や設備を備えていない。また、民協軍は戦争捕虜ではなく、占領した地域の民間人を拉致し自国へ強制連行しているという報告が相次いで上がっていた。内閣府や外務省はこれを不当として拉致被害者の返還を強く求めていたが未だ守られたことはない。戦争捕虜として捕らえられた自衛隊員についても、ジュネーヴ条約に基づき停戦協定制定時に解放を求めたものの、締結から千年以上も前の条約が遵守(じゅんしゅ)されることはなく、民協側から解放された隊員はひとりとしていなかった。  自衛隊は避難所の設営や電力、水道などの一時的な生活基盤の設置運用が機能として完結した装備と訓練が為されており、中立地帯とは名ばかりで放置された地域の復旧と人道支援もその任務のひとつであった。  民協連盟軍の占領下に置かれた西日本の各府県の多くは破壊され、生活基盤が損なわれたままであった。これに対し国土を明け渡したという忸怩(じくじ)たる思いを抱きつつも、国連の平和維持活動の一環として自衛隊が派遣され、民間人の避難所や仮設住居の設営、支援物資輸送などを行なっている。  だが民協軍による避難所への襲撃や物資の奪取などが横行しており、自衛隊が赴いていたのはその被害を食い止め、防衛と抑止力のため、というのがその大きな理由でもあった。  そんな混乱の中、米国大統領から総安保連合の各国首脳へ『総安保連合の結束を確認するための会合』という名目の招集が通達された。停戦協定があるとはいえ、各国首脳が移動するということは民協軍による襲撃の隙を与えることになりかねない。だが、事実上総安保連合のトップである米国大統領の招集を断れるはずもなく、各国首脳は米国へ訪問することとなった。  通達を受けた川内(かわち)政隆(まさたか)内閣総理大臣はすぐに官房長官室へ連絡を入れ、守口(もりぐち)和博(かずひろ)官房長官を呼びつけた。総理執務室のドアが閉まるのを確認して、川内は今回の首脳会合について所感を話し始めた。 「ウェイト大統領が我々総安保各国の首脳を呼びつけるということは……連合の結束と連携強化を確認するための会合は表向きで、恐らく重要機密事項についての情報開示と、それを守秘せよということだろうな」  守口は川内の見立てに頷き、その想像される理由を述べる。 「でしょうね。リモートでは民協に傍受されかねませんし、その辺りも含めて絶対に漏洩(ろうえい)してはならない事案なのでしょう」 「それにしてもネバダ州の片田舎で、とは、よもや伊達や酔狂で呼びつけることはないだろうが…… ともかく、我々としては速やかなる多摩地区中部の返還、強制連行した民間人及び戦争捕虜の解放、これらを喫緊の議題として挙げることが先決だな」 「多摩地域だけでなく、これまでに占領された地域の返還を求めたいところですが……」  川内はその困難さに思い至り、深く息を吐いてイスの背もたれに寄りかかっていった。 「先の見えない不安な毎日を送る西日本の国民にとっては苦々しい選択だと思うが……首都圏である多摩地域を民協側(むこう)に握られたままで米国が許すハズがない。だが、住む地域によって生命を選別するようなマネを我々が行っていい理由にはならんがな……」  そういって川内は再び大きなため息を吐き、執務室の窓辺へ視線を向けた。官邸の向こう側に広がる空はどこまでも重苦しい鈍色(にびいろ)で、まるで己が心情を映しているようだ、と川内には思えた。守口も川内の断腸の思いに同調するような渋い表情に顔を歪め、しばし床へ視線を落としたが、やがて川内へ向き直って口を開いた。
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