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入間基地管制室からの通信に三鷹は面倒くさそうに対応していたが、そのうち管制室とのやり取りが怒鳴り合いへと発展し始めた。
「……だから嶋田三等陸佐直々の依頼だって何度もいってるだろうがっ?」
『その旨はこちらも三佐から概要を伺い、承諾している。だが、その依頼になぜ三鷹一曹が出張って行く必要があったのかを聞いとるんだっ!』
「通信を受けたときに動けるのはオレしかいなかったんだよ! それに友軍、しかも陸自のエースを敵のど真ん中で放って置けっていうのか!」
『そうはいっていない、だが一曹には金沢への物資輸送任務があっただろう。その代替のためになんとかパイロットをアサインしてるこっちの身にもなって見ろってんだ! これ以上バカなことをいうようなら、輸送機の誘導先を八国山にしてやろうか!』
「ちっ、その件の文句については嶋田小隊を無事に送り届けてからゆっくり聞いてやるさ。だから今は黙って誘導しやがれ、このトンチキ野郎が! じゃあなっ!」
『なんだとっ、このスットコドッ……』
三鷹はコンソールを叩きつけて管制室との通信をぶった切った。そしてぶつくさと文句を続ける。
「別に任務放棄したワケでもねえのに、うるせえこといいやがって……二尉たちを送ってからでも遅くはねえだろうが」
「一曹、なんだか面倒なことに巻き込んだみたいで申し訳ないな」
「ん? ああ。二尉のせいじゃない。入間のバカどもはみんなあんな感じだ。オレを含めて、な」
そういって三鷹は自慢げに高笑いした。思わず嶋田も苦笑いしながら返す。
「ははっ、三鷹一曹のように賑やかなところなんだな、入間基地ってのは」
窓辺へ視線を向けていた嶋田の視界に入間基地滑走路の一角が入って来た。基地の管制室では輸送機が視界に入る前にすでにその接近を探知していた。嶋田の脳裡に、ぱっとなにかが閃く。答えは誰にもわからないだろうとは思ったが、嶋田は今回の民協軍による強襲についての疑問点を三鷹に訊ねてみた。
「一曹。民協軍はもしかして、我々の防空システム……宇宙状況監視や電磁波測定、電波測定などを突破できる新たな隠蔽技術の開発に成功したんだろうか?」
少しの間、真面目な思案顔になったあと、三鷹は努めて明るい口調を繕って自身の所感を話し始める。
「民協の輸送機は、地上戦力を投下してすぐに退却したからな。ソイツを拿捕できてりゃそのカラクリを知ることもできただろうが……東京上空で目視されるまで、どの防空探知システムにも反応がなく、捕捉すらできてなかったんだ。投下した兵士を回収するつもりがなかったのは、ヤツらは本気で関東圏を占拠する気だったのかもな。それに加えて新型MTのレイブレード出力といい、異常な機動力といい……プラズマコンバータや姿勢制御装置関連でもなんらかの技術革新があったのかも知れないぜ。それに民協の隠蔽技術がわからなければ、対応のしようがないしな。上も焦って停戦協定に応じたんだろう」
「なるほど……まんまとしてやられたワケか。それにしても投下した味方を見捨てるように去るとは、民協軍の兵に対する扱いがひどいのは相変わらずだな。連中が自棄になってあんなムチャな機動をしていたという理由にはなりそうだ」
嶋田はもし自身が同じような作戦を命じられたとき、それが自分ひとりだけであればさして問題ではないと考えていた。だが、自分の生命は惜しくはないとはいえ、部下にそれを強要するワケには行かず、現実問題として民協兵のように自棄っぱちで戦う気にはなれないとも思ってはいた。
実際にその状況に遭遇したとき、果たして自分は適正な命令と判断を下せるだろうか。そのときに正気を保てているのだろうか、という不安と懸念は払拭できず、表情が暗く落ち込んだ色に染まって行った。
その様子を見ていた三鷹が明るく笑いながら嶋田にいった。
「真面目な二尉のことだ。もし自分にも同じことが降りかかったときに適切に対処できるか、とか考えてるんだろ?」
「ああ……というか、よくわかったな、一曹。わたしはそんな状況で正気を保って最善の判断を下せるだろうかと、不安に思っている」
「そう考えてんなら間違いはない。二尉なら大丈夫だろう。それにどんな状況だったとしても孤立した味方を放っては置けない。オレたちが迎えに行ってやるさ」
「ははっ、状況次第では見捨ててくれても構わないが。わたし自身に関しては、一曹たちを危険に晒してまで救う価値のある生命だとは思っていないからね。ただ、部下を生還させてくれるならそれ以上にありがたいことはない」
軽い口調で話していても、張り詰めたような面持ちで語る嶋田に対し、三鷹は例えようのない危うさが影を潜めているのではないかと感じていた。着陸体勢のタイミングでもあり、少々ムリヤリ感がしないでもなかったが、話題を変えるために三鷹はワザとおちゃらけた口調で告げる。
「嶋田小隊の皆様、そろそろ当機は入間基地への着陸体勢に入ります。座席のベルトをお締めいただき、着陸時の衝撃にお備えください」
「えっ? 衝撃って? ええっ!」
野田准尉が驚声を上げると、輸送機のコクピット内に笑い声が満ちる。
「ハハハッ! 野田准尉、一曹殿が着陸をしくじるワケないって」
「ははっ、大瀧のいう通り心配無用だ、野田。跳躍機動の着地に比べればどうということはない」
「もっ、申し訳ありません、隊長。航空機には……その……慣れていないもので……」
「カカカ! 短い時間だったが、たまには空の軽快な旅ってのも、なかなかなイイもんだろ」
シートベルトの金具を確認しつつ、嶋田が応じる。
「ああ、確かに見晴らしがいいのは認めるが、MTとはまた違ったこの揺れはどうにかしてほしいところだな」
「そうかも知れねえ!」
気づけばすっかり周囲は暗くなっていた。輸送機は誘導灯の指示に従い、やや乱暴な勢いで滑走路へと降り立った。
今夜も、放射冷却で冷え込む夜となりそうだった。
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