模擬戦

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 守口は軌道記録表示の角度を変え、三次元的に見える画像をコピーして各自へ送信した。 「各員に軌道図をピクチャボードで送った。パース表示だから二次元ではないが、軌道を確認できたか?」  曹士たち三名へ確認を取りながら守口は素早く頂点と着地点に赤丸をつけ、軌道変更を行った箇所を赤い矢印で示す。曹士たちが口々に画像を確認したことを報告すると、守口は話しを続けた。 「最初に見せた跳躍機動は特に操作をせず着地したので振動と衝撃は大きかったと思う。次いで今やって見せた通り、多少の操作で軌道が変わり、この程度の衝撃で着地できる。そういえば、坂下はこの仕組みをある程度知っていたな。最大跳躍機動ができたということは重力制御装置を手動操作していたハズだ」 「はい。目一杯自重を軽くしただけですが……あんなに飛んで行くとは想像できていませんでした。着地前にも重力制御と姿勢制御に四苦八苦して、なんとか道路へ着地できたのは運がよかったからでしょう」 「運、か。それでも家屋の上に落ちないよう制御できたということは、それなりにセンスがあるともいえる。重力制御装置で高度と飛距離を操作し、常に次への動作を考えて姿勢制御を調整するんだ。機体の傾きを操作すれば不様に落下することなく着地時の体勢を整え、ムダなく次の動作へ移ることができる。九谷、お前が跳躍機動したのは空中から一尉機を狙い撃とうと、そう考えていたんだろう?」 「はい。移動形態なら射角を上に向けられないと思いまして……」 「ふむ。嶋田一尉の思惑にまんまと乗ったといえるな。その是非はともかく、空中で眼下の敵を照準するには、宙空機動、飛んでいる間の姿勢制御が必須なんだ。それにお前はミサイルポッドとロケット砲の弾道軌道、着弾速度や爆撃範囲をきちんと把握できていたか? 市街地で多数の小型ミサイルや大型ロケット弾をぶっ放すという暴挙はどこぞの国のテロリストと同じ行為だ。それに誘導波で捕捉したと思っていても、高速機動と各種電波輻射管制、チャフ散布、フレアを焚くことによって捕捉は簡単に外される。一尉が見せてくれたようにな」  軽量型装置は実機のような身体的負荷はない。実際に誘導波を振り切る高速機動はそれなりに身体への負荷がかかり、連続して行うことは物理的に難しい。通常は電波輻射管制と撹乱用装備で捕捉から逃れるのが一般的であった。嶋田はその機能装備に頼るだけでなく機体の急速転身や加減速を交えた機動で、九谷からの誘導捕捉を振り切ったのだ。 「お前たちは見ていなかっただろうが、嶋田一尉は空中で見事な百八十度回転を行なったあと、スラスターと姿勢制御で着地位置を変え、二十二ミリ機銃を損なうことなく私の主カメラを潰した。その流れで私は一尉に背後を取られた。熟練すればそうした機動も可能なのだと覚えておけ。軽量型模擬訓練装置はいつでも使えるから、時間の許す限り訓練を重ねてその感覚を身体に刻み込むんだ。そうやって繰り返し訓練を行うことで身につけた能力は、不測の事態に()いて必ず役に立つ。日々の積み重ねはお前たちを決して裏切ることはない。それを信じろ、いいな?」 「はいっ!」  三名の曹士は声を揃えて返答した。 「ここからは私の持論になるが……敵を攻撃するよりも自らの生命を護る行動を最優先し、その上で国民の生命を護れ。自分が倒れては護るべき国民を護れない。救える生命を救えない。不様に生き恥を晒そうとも、生きて国民を護る楯となれ。自分たち以外に国を護れるものはいないのだと心に刻め。道半ばで自身が倒れたら、それだけで護れるハズの国民の生命が失われるのだ」  三人は神妙な面持ちで守口の言葉へ耳を傾けていた。教練では確かに国民の救助を声高に叫ばれていた。しかし守口のように自身の身を護れとはいわれたことがなかったからだ。死神守口のウワサは耳にしていたが、その本人から聞き及ぶ言葉に例えようのない重みを感じていた。  『生きて国民を護る楯となれ』……この言葉は三人の心に深く刻み込まれることとなった。
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