三百年戦争

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「小野寺。柴崎がやられた。お前のストックポットはどうにかできそうか?」  ストックポットとは、不足しているMTを補完する民協連盟軍側の戦闘車両で、円筒を成すように五段に重なった砲塔を持つ。遠目で見ると重ねた寸胴鍋のように見えることから総安保連合軍はそのコード名で呼称している。五段の砲塔は百二十ミリから二百五ミリの滑腔砲(かっこうほう)を備え、それぞれ別の方向へ百八十度回頭できるのでMTを追従対応できる反面、被弾面積が大きいため一両だと単なる標的にしかならない。しかし複数両が連携すると火力が飛躍的に上がる。機動性に優れるMTであっても、間断なく撃ち込まれる苛烈な砲撃は決して侮れず、面倒な相手だった。 「ええ、熱烈なラブコールに応えてやったッス。おかげで機銃もグレネードもすっからかんなんッスけどね。隊長、柴崎をやった新型機はどこへ行ったッスか?」 「柴崎機のプラズマ誘爆に巻き込まれたんだ、恐らく無事では済まんだろう。野田(のだ)准尉、大瀧(おおたき)准尉、聞こえるか?」  嶋田は自身の残っている部下をコールする。尉官ではあるものの、彼らは訓練を終えたばかりの新兵で、今回の戦闘が初陣(ういじん)だった。 「はい、野田准尉、聞こえています」 「こちら大瀧准尉、なんとか残ってます」 「すでに我々の移動司令部は存在しない。指揮権を委譲された嶋田三佐から、我々は大隊の撤退に伴い、忌々しいケツ持ちを仰せつかった。これより敵残存兵力の掃討戦に入る。申し訳ないが今しばらくわたしに生命を預けてくれ」 「大瀧、承知いたしました」 「野田、りょっ、了解です」 「了解ッス。隊長、今回はいろいろと貧乏くじを引かされちまったッスね。柴崎は……残念だったッス。タグだけでも拾ってやりたかったッス……」  小野寺が悔しさを(にじ)ませた声を漏らした。 「ああ。柴崎を拾ってやれず、おめおめと敗走するハメになった。防衛ラインを突破されてるから、味方からの援護はない。お前たちは撤退を優先しろ」 「隊長はどうするんッスか? 残って露払いすんならオイラも……」  いいかけた小野寺の通信が、装甲の溶解と機体が破砕される轟音を響かせて途切れた。 「なんだと! 他にも敵機がいたのか?」  唐突に出現した敵影は、レーダーで捕捉する前に小野寺機を破壊した。敵影は一機しか映っていなかったが、なんらかの阻害要因によって表示がチラついている。その隙を縫うように嶋田機へ接近して来た敵影の識別コードはまたしても『識別不能』だった。  仕方なく、嶋田は機体を直立形態モードへ移行させる。コクピット全体が軽く振動すると、メインディスプレイの視点が高く浮き上がり、カメラが広角モードに転ずる。ディスプレイ右上に警告表示とカウントダウンが映し出された。直立形態モードの稼働可能時間は残り五分ほど。それ以上の稼働は、不調のプラズマコンバータが誘爆する危険性が急激に高くなって行く。 「野田、大瀧、お前たちは周囲に他の敵影がないか確認しつつ撤退を優先しろ。小野寺をやった新型はわたしが相手する」  敵新型機は直立形態にも関わらず異常な速度で嶋田機に接近してくる。突然跳躍したかと思うと、至近距離まで詰め寄ってレイブレードを横薙ぎに振るった。  嶋田は脚部と肩部スラスターを前方に向け噴射し、機体を後方へ飛ばしてその一撃を避けたが、切っ先は胸部装甲を擦り、赤い火線が四方へ飛び散った。 「まったく、冗談みたいな射程だな。空気中であれほどの出力でレイブレードを放てるとは……いったいどんなコンバータを積んでるんだ?」  嶋田は左スティックの親指にあるレバーを操作して左腕のグレネードランチャーに装弾されていた榴弾を閃光弾へと換装する。そして自機の足元に向けて撃ち込みつつ、機体を右方向へ飛ばした。弾ける閃光の炸裂にも怯むことなく、敵新型機は光の中へ飛び込んでレイブレードを振り降ろしていた。 「視力を失ったハズだろうに。退()かないとは……死ぬ気か?」  そう声を漏らしつつも、敵機の左側面に周り込めた嶋田は右スティックのトリガを引く。右腕に装備されている二十二ミリ機銃が火を噴き、銃弾が放たれる。敵機の左腕部と胸部装甲に着弾し、その装甲を破片に変えて行った。それと共に敵の左肩関節がフレーム機構ごと歪んで折れ曲がる。重力制御装置の破損によって誤作動が起き、過剰な重力が肩関節にかかったのだ。不意に襲った左肩の荷重に耐え切れず、そのまま敵機は左腕に引っ張られるように姿勢を崩して地面に倒れ込む。  嶋田はその隙を逃さすまいと、指をかけていた右トリガに力を込めようとしたそのとき。本隊からと思しき緊急通信のコール音がコクピット内に響き渡った。 「こんなときに……」  仕方なく敵機から機体を離し、嶋田はコールに対応する。将官級以上からの通達を無視する訳にはいかないからだ。 「本日、十月二日、十五時三十分より民協連盟軍との停戦協定が制定、即日発効となった。この通達の受信をもって全ての戦闘行為を中止、速やかに最寄基地へ帰投せよ。繰り返す……」
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