首脳会談

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 その苦痛の様子を察したかのように、川内はため息を吐いて守口に同意した。 「ふぅ……そうだな。政権交代してからというもの、我々民新党は窮地に立たされてばかりだからな。辛い任務にあたる彼らへの慰労を、どうにか政府としても報いてやりたいものだ」  そういって川内は重い腰を引きずるように立ち上がる。時計に目を向けると、今日何度目となるかわからないため息を吐きながらいった。 「そろそろ出発の時間だ。フタを開けてどうなるかは行って見なければわからん」 「総理……くれぐれもご注意を。場所が場所だけに、その……」 「ははは。ネリス試験訓練場……いわゆる『エリア五十一』のことかね? 守口くんが大昔の都市伝説を信じているとは思わなかったな」  しかし守口の表情は強張ったままだった。千年以上も前からネリス試験訓練場はいわくつきの場所であり、不用意に近づいた無断侵入者には発砲が行われ、飛行禁止区域とされるくらいには人払いが徹底されている基地だったからだ。米国政府や米軍は『エリア五十一』の所在を公式には認めているものの、多々あるウワサの真偽については一切言及していない。そのような場所へわざわざ総安保連合の首脳を招集するのである。守秘と襲撃に対してはひとつの解決策なのかも知れないが、守口にはどうにも腑に落ちない懸念が喉の奥に引っかかっていた。 「ウワサはあくまでもウワサです。が、詳細の語られない基地へ総理や各国の首脳が集められるというその意味に今ひとつ得心がいかないのです」 「鬼が出るか蛇が出るか……行って見なければわからんことだし、そもそも私たちに選択肢はないんだ。ま、輸送中に撃墜されないよう、せいぜい祈っていてくれ。もしものことがあれば……あとのことは守口くん、君に任せる」 「ご冗談を。あなた以外にこの難局を乗り越え、国を背負って行ける人などいません。それに総理の代理は副総理たちにお任せください。私には荷が勝ち過ぎます」 「先ほどの話しに戻るが……この有事に()いて、総理などいなくても国は回る。実際に国民の生命や財産を護ってくれているのは、自衛隊や海保、警察、消防隊員たちなのだからね」  軽口のつもりで呟いた川内の言葉に、守口は先ほどよりもはっきりと家を去って行った息子の背姿がまざまざと甦る。息子である博之は法曹関係や政治家の道は望まず、一般採用での自衛官を希望した。なぜその進路を選ぶのかを問うと『政治では人命を救えない』といったことから叱責と罵りの口論となり、博之はそのまま家を飛び出して行った。守口はすぐに戻って来るだろうとタカを括っていたが、自衛隊へ入隊したとだけ通知があったのちに連絡は途絶え、それからもう十年を過ぎようとしている。官房長官の立場を(もっ)てすれば居場所はすぐに判明する。しかし、守口にはそれを行う気にもなれなかった。  そして、今まさに総理の呟いた言葉は図らずとも息子の吐いた言葉と同義だったのである。殉職したという通知はまだないので、どこかで生きてはいるのだろう。ただ、先見の明があったのは自分ではなく息子の方だったのかも知れない……自身の信念が揺らぐようなことはあってはならない、そう思っていても、守口の胸中は穏やかではなかった。
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