首脳会談

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 川内と秘書官、そして大勢のSPや自衛官を乗せた政府専用機主機と副機はマッカラン国際空港のC面滑走路へと着陸した。この時代の軍用機や政府専用機は(おおよ)そどの国も垂直離着陸機に置き換わっており、ほとんどの空港は滑走路や誘導路の規模が縮小されて行く傾向にあった。このC面のような三千メートル以上の滑走路が残存していること自体が珍しくなっていたが、ここマッカラン国際空港は総安保連合各国の民間機が離発着を行う場所でもある。この戦時に於いてもラスベガスへ訪れる観光客は未だ多数おり、それら民間機のほとんどは滑走路が必要な航空機であったからだ。  政府専用機主機と副機は着陸を終え、空港管制室と誘導員の指示によって誘導路を抜け、駐機場へと誘導されて行く。  駐機場の所定位置へ着き、政府専用機が完全に停止すると、搭乗員たちの声かけによる点検のあと、昇降ハッチが開かれた。川内は手早く端末をトランクへ詰め、座席から立ち上がる。政府専用機の搭乗員である自衛官たちへ労いの言葉をかけながら、川内と秘書官は昇降口へ向けて機内通路を歩んで行った。  昇降ハッチから覗く駐機場はものものしい雰囲気に包まれていた。空港の各所には誘導員や作業員の他に米軍の兵士らが忙しなく動き、米軍の新鋭機と思しきMTが直立形態で駐機場を囲うように並び立っている。昇降階段を降りた先では、四台の騎兵戦闘車が政府専用機に横づけするように停まっていた。  他国の政府機はイギリスとドイツの政府専用機が停まっているのが見える。総安保連合の各国首脳が集まるということで、この一週間ほどの期間は民間機の離発着はすべて運休となっていた。  騎兵戦闘車を目にした川内は同行している内田(うちだ)秘書官へ耳打ちするように(たず)ねる。 「内田くん、まさか我々はアレでネリス試験訓練場まで移動するのかな?」 「いえ、アレは空港内での移動車両の代用、とのことです。ここから少し離れた駐機場に停まっている専用米軍機へ乗り換え、ネリス試験訓練場まで向かうそうです。どうやら指定された航空機以外は試験訓練場への離発着が難しいようです」 「指定の航空機はともかく、アレは歩兵戦闘車ではないか。我々は非戦闘員だというのに……あんなものに乗れば、民協の攻撃対象となるんじゃないのか?」 「総理の懸念も理解できますが、ここから先は総理と私以外、SPも護衛の自衛官も同行できません。そういう意味では米軍がその威信をかけて総理をお護りするということらしいです。そうまでしてネリス試験訓練場を秘匿しておきたい理由は計り知れませんが、米国政府になんらかの思惑があるのだと推測されます。このような仰々しさを鑑みるに、なにか不測の事態が起これば総理の生命は間違いなく危険に晒されます。恐らく、そういうことなのでしょう」  内田は憶測ではあったが淡々と、述べる言葉になんら意も介さないような表情を繕っていってのけた。 「よくもまあ、そんな涼しげな顔で怖いことをさらりといってくれるじゃないか。まったく頼もしい限りだよ」 「痛み入ります」  川内は官邸を出るまでずっと浮かない顔をしていた守口の様子に得心がいった。いつもの守口であれば『そんなに心配ならば副機に乗って来ればいい』という軽口に対してやんわりと釘を刺して来るはずが、今回ばかりはそれがなかった。その辺も含めて守口は懸念を示していたのだと今更ながら川内はその意味を理解したのだった。  騎兵戦闘車の側にいた士官らしき米軍兵が川内らの姿を確認すると、三名の部下を引き連れ政府専用機の方へと向かって歩いて来た。川内の前で足を止め、敬礼すると挨拶もそこそこに要件を話し出す。 「ようこそ、川内首相。長旅でお疲れのところ申し訳ございませんが、あちらの騎兵戦闘車へお乗り換えください。ここから先は我々米軍がエスコートさせていただきます」  川内はにっこりと笑みを浮かべると、流暢な英語で士官に返す。 「ありがとう、大尉。では行こうか、内田くん」 「意外と早くにご覚悟をお決めになられたのですね」 「国に殉ずるつもりで職務にあたる自衛官のことを思えば、多少の危険に臆していては彼らに面目が立たない。それに虎穴に入らずんば虎子を得ず……今はまさにそのときだ。そうだろう?」 「君子危うきに近寄らず、という言葉もあります。今ならばまだ引き返せます」 「まったく、君は『ああいえばこういう』を体現している人物だな。君をやり込める人間はそうそういない。その鉄面皮があれば野党からのどんな突き上げでも難なく(かわ)せるだろうね」 「痛み入ります。ですが総理の『のらりくらり』ほどではありません」  川内の皮肉にも顔色は変わらず、澄まし顔のまま内田は皮肉を交えて川内に応じた。
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