首脳会談

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 士官の先導で騎兵戦闘車へ歩を進めながら、川内はため息混じりで呟く。 「ふぅ……守口くんの懸念を、今まさに思い至ることになるとはな。その上で米国政府のやる気を窺い知るいい機会でもある」 「そうであってほしいですね。秘書官になって日は浅いですが、総理の本人確認を行うことになるのは、自分としてもやはり気が引けますから」 「おいおい、少しは歯に衣を着せて話してくれるべきだと思うんだがね。私を脅かすのが君の仕事なのか?」 「いえ。憎まれ口を叩く私を責め苛んで、総理の自尊心が満たされるのであれば一向に構いません」 「まったく……私はなぜ君を秘書官にしたんだろうか。いや、まあそういう切り返しが小気味いいからなんだが、私以外でそんな口の利き方はしない方が身のためだぞ。政界で生きて行くためにはな」 「お心遣い、痛み入ります。自分が政治に疎いことは認識しております故、その道を目指すことはないでしょう。それに党や議員が醜聞に晒された場合、その責を負い、真っ先に切られるのは秘書の役目なのですからご心配は無用です」 「はははっ、やはり君は面白いね。政界にいるだれしもが野心に満ち、貪欲に、だれかを、同じ党内の人間でさえも蹴落としてまで確たる地位を築こうと(しのぎ)を削り、(せめ)ぎ合っている。この未曾有の有事であっても、上へのし上がろうと腐心するようなものたちばかりだ。私は思う。君のように野心のないものこそが政治を()り行うべきなのだろうと。そうして初めて、国民に真に寄り添った政治が実現するのかも知れん。さて。私語はここまでにして、あの最高に乗り心地の悪そうな送迎車へ乗り込むとしよう」 「はい。それについては同意いたします。きっと鋼のような座面で、総理の坐骨神経痛は確実に悪化するでしょう」  このふたりの会話を聞いていた士官と兵士たちは大いに噴き出し、笑声を上げていた。川内と内田は士官との挨拶のあともそのまま英語で話し合っていたからだった。その士官が笑いながらいう。 「川内首相、確かにストレッチ・リムジンのそれとは比べものにならない粗末さですが、流石に鋼の座面ほどの格差はありませんよ。せいぜいトタン板とガルバリウム鋼板との違いくらい、ですかね」 「絶妙にわかりづらい解説をありがとう、大尉。まあ、どちらにせよ私の坐骨神経痛は悪化するというのは決定事項なワケだ」  これを聞いた士官と兵士、車長ら搭乗員も笑い出し、川内も調子を合わせるように笑い声を上げた。騎兵戦闘車の後部ハッチが開かれ、内田は兵員室奥の右座席に着くように指示される。その左側に川内が座り、士官は川内の左の席に着いた。三名の兵士たちが残った後部座席に着くと車長がハッチを閉じ、左前部に座っていた操縦士へ合図する。エンジンに火が入り、駆動音が響くと共に車体は専用機の待つ駐機場へと移動し始めた。  移動中のわずかな時間でも川内は軽口を叩き、搭乗員たちを大いに笑わせていたが、そのどれにも、内田はなにひとつ顔色を変えずに突っ込んでいた。川内と内田の珍妙なやり取りが搭乗員たちのツボに刺さったようで、移動中は笑いが絶えなかった。仏頂面はいちいちそれにつき合うのが疲れるから、というのは表向きの理由で、辛い立場にいる川内のガス抜きのために自分がいると内田は考えていた。守口の代わりを務められるほどの政務能力はないという自覚もある。元々要人警護専門会社で主に随行警護をしていたこともあり、その経歴を買われて川内に同行を求められただけで、秘書官としての職務は期待されていないと思っていた。また、話術に長けているどころか、警護対象を怒らせることもしばしばあった。それが面白い、と評されることは内田は思いもしなかった。  同時に守口から聞かされていた、川内に代わるものはいない、ということをこれまでのやり取りで内田は直に感じ取っていた。この総理の言動には他の政治家のような確たる主張や強い意志というものをあまり感じることがない。当初はこんなにも頼りなさげな人物に総理大臣など務まるのか、とさえ思っていた。その一方でやり手で曲者めいた言動や印象は相手の警戒心を煽り、反抗心を喚起する。これまで警護して来た要人たちは皆そういうタイプであり、余計なひとことで凍りつくピリついた場に何度も遭遇した。  川内のように開けっぴろげに自身を笑い飛ばしたり、自らを貶めるような言動の数々はこれまでに見たことのない要人であった。隙だらけで駆け引きをまるで感じさせず、突っ込まれると返答に窮する様子はある意味で歴代の総理大臣らしくもあるが、相手の警戒心を取り除くという手腕は自覚のあるなしに関わらず、やはり他の為政者にはないものなのだろうと、内田は思っていた。
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