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騎兵戦闘車が停止すると、車長が後部ハッチを開く。士官や兵士たちがシートベルトを外して行く所作に合わせて川内と内田もベルトを外し、慣れぬ足取りでのろのろと降車する。
特別駐機場で川内らを待っていたのは、見たことのない型の機体だった。一昔前の角張ったステルス機でもなく、全体的に丸みを帯びた細長い機体には揚力を得るための翼と思しきものが一切ついていない。航空機には見えず、かといって長時間の陸上走行に適した履帯や車輪ではなく、滑走に必要最低限、という程度の補助輪が数カ所ついているだけだった。素人目に見ても空力性能はなさそうで、川内はこれが空を飛ぶ代物とは思えなかった。
「あれは航空機なのだろうか。まさかとは思うが、あれ自体が転げて走り回る車両なのかね?」
「生憎、自分は飛行機マニアでも鉄道マニアでもありません。そのような都合のいい知識を持ち合わせておりませんので、自分に聞かれても困ります。少しはご自身で考えて、お調べになってみてはいかがですか」
川内の質問に対し、内田は素っ気なく、それでいてたっぷりと嫌味を含ませて返す。
「傷つくなあ……悲しいなあ……そんないい方をしなくても……ううう……」
「総理、いい歳こいての泣きマネはみっともないを通り越して、悍ましいほど不気味です。品位を疑われますのでどうか厳にお控えください」
すると側にいた士官が笑いながらそれとなく説明した。
「ハハハ、あなた方は本当によいコンビですね。我々にも詳細は不明ですが、重力制御装置を応用した列車に相当する地上車両です。川内総理、我々のエスコートはここまでとなり、このあとの護衛はネリス空軍基地のものが担当します」
「そう……か。大尉、短い時間だったが存外に楽しい時間だったよ。おかげで坐骨神経痛を気にするヒマがなかった。ここまでありがとう」
「私も総理と秘書官との気さくな会話を楽しませていただきました。では、よい旅を」
ふたりは別れを惜しむように握手をした。川内らの到着と同時に、航空機らしき機体の方から、やはり士官と兵士たちが歩み寄って来た。揃って敬礼すると士官は川内へ挨拶の声を上げる。
「川内総理大臣をお迎えに上がりました、アンダーソンと申します。以降は我々があなたの護衛を担当いたします。よろしくお願い申し上げます」
「ご丁寧にありがとう、大尉。こちらこそよろしく頼むよ」
「はい、お任せください。騎兵戦闘車よりは乗り心地はいいはずですよ」
川内と握手したアンダーソンは続けて騎兵戦闘車の士官との間で引き継ぎを行う。その際、士官はアンダーソンに向かって朗らかに話しかけた。
「久し振りだな、ジェリー。あっちへ異動になって以来か」
「トムも元気そうでよかったよ。サンノゼへの襲撃対応に向かったと聞いていたから心配してたんだぞ」
「ハハハ、ありゃマジでヤバかった! 民協がアメリカ本土の市街地へエアボーンして来るなんて今までなかったからな。『Valhalla』の投入が間に合わなきゃ、米国史上初の本土占領を許したかも知れん」
「『Avalon』の後継機か。ロールアウトしてすぐに投入とは、上層部も焦ってたんだろうな」
「ま、それ以外にも積もる話しがあるし、今度時間のあるときにゆっくり飲ろうぜ」
「そりゃいい。あとのことはオレたちに任せといてくれ。飲みの件は停戦協定の効いてる今くらいしかない。今度休暇申請してカリフォルニアへ行って見るよ」
「待ってるぜ」
雑な引き継ぎに見えるが、双方とも所持している端末で細かな事務処理を済ませていた。アンダーソンの端末から任務が引き継がれ、正式に辞令が降りた通知音が小さく鳴った。
「アンダーソン大尉。アレは列車だと思うが、レールが見当たらないが大丈夫なのかね?」
「アレはレール不要の高速列車です。あのドーム状の施設から地下へ入り、ネリス基地まで続く地下走路を滑走します。走路は掩蔽壕破壊弾も届かない深度なのでご安心ください」
「ふぅむ。バンカーバスターの届かない地下鉄みたいなものか。初めて見たよ」
「でしょう。今回初めてお披露目する米軍の乗り物ですからね。さ、こちらへどうぞ」
アンダーソンに案内されて列車へ向かい歩み始めたそのとき、南の方角からジェットの音が聞こえて来た。川内は他の総安保連合国の政府専用機が到着したのだろうと、手のひらで庇を作りその機影を窺った。しかし、川内の目にはそれが政府専用機のような航空機には見えなかった。
兵士のひとりが南の空を指差し、驚愕の叫び声を上げる。
「おい、ありゃ民協のMT輸送機じゃねえのか?」
その言葉に、ひとりを除くその場にいた全員の表情が戦慄で強張った。
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