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嶋田が望んでいた終戦ではなく、いつも通りの停戦。いっときの休息は得られるが、長く続いた試しはない。散って行った柴崎と小野寺の死はいったい誰が拾ってやればいいのだろうかと、嶋田の胸中は穏やかではない。
「バカにしてるのか! このタイミングは……」
目の前の敵機は、左腕機構をすべて強制排除し、重力の枷から解放されて立ち上がった。向こうも帰投するのだろう、そう思っていた嶋田は驚愕の声を上げる。
「まだ、やる気なのか!」
バランスを崩しながらも右腕を振りかぶり、目の前の敵機が跳躍機動で嶋田機へと接近した。嶋田は機体を背後へ飛ばしつつ、敵機の胸部装甲へ機銃を撃ち込む。さらに追い打ちとして榴弾を全弾ぶち込んだ。誘爆に巻き込まれないよう、嶋田は脚部スラスターを噴射して距離を開けると、すぐさま左背にマウントしていた追加装甲板を展開して敵機へ向け、防御姿勢を取る。敵機は爆散して周囲に装甲片や内部機構の部品を盛大にばらまいた。これだけの爆発規模でプラズマコンバータが誘爆しなかったのは奇跡に近い。
恐らく姿勢制御を限りなくマニュアルで行うことで、レイブレードを当てる機動に特化していたのだろうと嶋田は想像した。機動性能を上げるために装甲厚も犠牲にしていたようで、二十二ミリ機銃で易々と装甲を穴だらけにできたのも納得がいった。
嶋田のコンソールからプラズマコンバータの稼働限界の警告音が発せられ、安全装置によって機体は直ちに移動形態モードに切り替わった。
本来なら新型の残骸を持ち帰りたいところだったが、爆発によって飛散していたため回収は困難だった。それに機体追従ドローンが敵新型機を捉え、録画していることもあり、嶋田は先に撤退した部下の元へと機体を回した。
戻って来た嶋田機に気づき、大瀧が声をかけた。
「隊長、ご無事でなによりです」
「ああ。ありがとう。だが、柴崎と小野寺を助けてやれなかったがな」
新型機は執拗にレイブレードでの近接攻撃を繰り返して来た。回避行動をほとんど行わない戦い方と、簡単に姿勢制御を失う状態で戦うのは自殺行為でもある。柴崎や小野寺のような手練れでさえも不意をつかれて屠られた。戦果としては十分なはずだが、敵は完全に引き際を見誤っていた、と嶋田は感じていた。これまでの民協連盟軍のMT運用傾向はどちらかといえば遠距離から二百五ミリバースト砲や多連装ロケット砲などの火砲による飽和攻撃が主体であり、レイブレードを用いた近接戦闘を挑んで来ることはほとんどなかった。
「柴崎をやったヤツは、プラズマコンバータの誘爆に巻き込まれた。小野寺をやったヤツも、姿勢制御がやっとな状態にも関わらず、わたしに接近戦を挑んで来た。いったいどうしてだろう?」
嶋田は思わずひとりごとを呟いていた。今回が初陣の若い尉官たちには到底その答えはわからず、先輩たちが瞬く間に撃破された恐怖に声を詰まらせていた。
嶋田はなぜ新型機の搭乗者があんな戦い方をしていたのかを訝しんだが、ひとつの答えに思い至る。
恐らく、狂気に駆られていたのだろう、と。そんな狂気が自身にも降りかかることがあるかも知れない、嶋田はぼんやりと考え、その思考に怖気を感じた。
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