停戦協定

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停戦協定

 撤退中の第四機動大隊、嶋田三佐から通信が入った。 「嶋田二尉、殿軍ご苦労だった。大隊は多大な損害を被ったが横田から離脱、現在は狭山湖の西を迂回中だ」 「新型との戦闘中に停戦協定締結の通達を聞きました。我々の小隊もこれより入間基地へ向かいます。柴崎三尉と小野寺一曹が戦死しました」 「そうか……だが、彼らの死はムダではなかった。こうして我々が生き残れたのだからな」  負け戦で死に逝くことがムダではないなど、どういう理屈なのか嶋田二尉には理解ができない。自分の父がこうまで無情なことをいい放つことに苛立ちを感じていた。泣き言を言ったところでなんの慰めにもならないことは嶋田にもわかっていたが、言わずにはいられなかった。 「いえ、敗走中に死ぬことほどムダなことはありません。新型機による不意打ちとはいえ、彼らの死はわたしに責があります」 「晶、もういい。そんなに自分を責めるな」 「ですが父さん。柴崎も小野寺も、いいヤツらだった。こんなところで散らしていい生命じゃない。彼らには今では珍しくなった家族もいた。わたしは彼らの生きていた痕跡すら持ち帰れなかった! 一歩間違えば野田も大瀧も死んでいた! 母さんたちのようにっ……」  泣きはしなかったが、慟哭(どうこく)にも似た嶋田二尉の叫びに、嶋田三佐は返す言葉が見つからない。  普段は冷静で、ともすれば感情が欠落しているのではないかと思っていた娘が、こんなにも感情を露わに叫ぶとは嶋田三佐は思っていなかった。 「晶。私情を挟み過ぎだ。ここは戦場で、お前は兵士だ。それを忘れている訳ではあるまい。停戦協定が締結されたとはいえ、今まで同様、こんなものは単なる時間稼ぎに過ぎない。すぐに部隊の再編が行われるはずだ。急ぎ帰投せよ」 「嶋田小隊、了解」  嶋田二尉は言葉少なに返答すると通信を切った。自分自身でもここまで感情が(たかぶ)るとは思っていなかった。そして自身にこんな感情がまだ残っていたことに驚いていた。  嶋田三佐との通信を聞いていた大瀧が口を開く。 「隊長……お役に立てず申し訳ありません」 「取り乱してすまない。お前たちが気に病むことはない。これは、わたしの問題だからな。お前たちに責はない」  入間基地まではまだだいぶ距離があるが、水素エンジンの燃料は充分に残っている。が、弾薬はほぼ尽きかけており、プラズマコンバータも不調だ。継戦能力がほとんど残っていないこの状態で会敵してしまえば、自分も柴崎や小野寺のあとを追うことになるだろうと、しかし、それでもいいと嶋田は思っていた。  レーダー前方に機影が映り込む。識別コードは味方の輸送機のようだった。識別とほぼ同時に輸送機から通信が入る。 「嶋田小隊、聞こえるか? 三鷹一曹だ。君らを迎えに来た」  恐らく父……嶋田三佐が気を遣って面識のある三鷹を回してくれたのだろう。しかしその気遣いですら今の嶋田には憂鬱だった。 「こちら嶋田小隊、聞こえている。迎えに来てくれて助かるよ。一曹、ありがとう」 「着陸地点を送信しておいた。瑞穂町の元競技場跡だ。あとどれくらいで到着できそうか?」  送られて来た座標と現在位置を確認する。五キロも離れていない。巡行速度でも十分もかからない距離だった。 「あと十分ほどで到着できると思われる。それまでしばらくお待ちいただきたい。停戦協定とはいえ、敵はまだ動いているかも知れない。周囲には充分警戒してくれ」 「ありがとう、二尉、そっちもな」  ほどなくして嶋田小隊は輸送機の降り立った地点へ到着した。輸送機はすでに胴体部の格納庫ハッチを開けて待っていた。嶋田は周辺観測用の追従ドローンを機体へ収納させ、そのまま機体をハッチ兼スロープから格納庫へと移動させて行く。格納庫内のロッキングラッチで機体が固定されるのを確認すると、嶋田はヘルメットから伸びるケーブルのコネクタ、耐圧服を接続する各種スリングベルトを手早く外し、コクピットハッチを開いて機体から飛び降りた。ヘルメットを脱ぐと首元からエアの噴出音と共に張っていた耐圧服が緩む。  野田機と大瀧機も積載が終わり、コクピットから降りて来て嶋田の元へと集まって来る。そのまま嶋田小隊の面々は輸送機のコクピットへ繋がる昇降ラダーを登って行った。 「三鷹一曹が来てくれるとはね。迎えに来てくれて助かった」 「三佐のたってのお願いだからね。おやすい御用さ。二尉たちも殿軍(ケツもち)、お疲れ」  そういって三鷹は三人にヘッドセットを手渡し、笑った。  ふうっと息を深く()き、嶋田は渡されたヘッドセットを装着して座席に着く。野田と大瀧も嶋田に続いて着席するのを確認した三鷹は、エンジンに火を入れる。輸送機は垂直上昇して高度を上げると、一路入間基地へ向けてジェットの轟音を響かせた。
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